不失者 --寝台生活者/vol.1


 「クヒミが全治3ヶ月、…悪化したってさ」
セイカが入ってくるなりそう言った。
 俺は口から逃げ掛けていく煙草を銜えなおしもせずに、ふううんと関心のまったくない声でそう応えた。
「この前はまだ全治2ヶ月くらいだったのにいったいナニしたんかしらアイツ」
セイカが続ける。別に俺が聞いてなくてもいいらしく、べらべら喋る声が、狭い室内をあちこち行き来して、 少しうるさい。
「ねえ、きいてるテイヤ。」
いきなり、テーブルのあたりをうろうろと歩き回っていたセイカが、俺の方を振りかえってそう言った。
振りかえったときに、限界まで細かくかけられたソバージュの髪が、台風で煽られた木の葉みたいに ばさっと顔に掛かる。まるで鬼婆だ。
「ねえ、ちょっときいてんのテイヤ? 教えてあげてんのよクヒミが悪化したって」
掠れ気味の声が、ガラガラして耳障りだ。
別に知る必要もないが、この女はいつも壊れたラジオみたいにのべつまくなしになにかを喋ってる。
大概本人にとってどうでもいいことだっていうのに、こいつはそれをやめない。
いっそのこと、何かを口に突っ込んでやりたいとこだが、それもまた面倒なので、俺はずっとそのままにしている。

 クヒミの骨折が悪化したことなんて、知らされるまでもなく、俺がいち早く知っていた。
何故なら悪化するその3日前にここに来たからだ。
 確かにあのよがり様だったら、アバラの骨折は悪化するだろう。この前、あいつはアホだから、骨折の意味も わかってないらしく、ギブス外してこの部屋にヤられに来た。
騎乗位とはいえ、あれだけ夢中になって腰を振ってりゃ、アバラに響かないわけがない。
途中から痛むらしく喘ぎ声にうめきが混じってたが、あいつはマゾの気質が高いのか、呼吸も覚束ないほど感じ まくって何度もイッってたから、そりゃそうだろうと俺は思う。

 クヒミというのは、ここに最近になって出入りするようになったガキだ。
詳しくは知らないが、汚い金髪に、流行りなのか、ガリガリの身体をゴボウみたいに黒く焼いていい気になってる どうにもならないガキらしいガキだ。顔は顎が細く尖ってた以外はよく覚えてないが、自分でブリーチしたのだろう 髪の先が下手糞に痛んでいて少し嫌悪感を催した記憶があるので、そっちで覚えていた。
いきさつは忘れたが、一度なんかの折に突っ込んでやったら、尻に入れられるのが好きなのか、俺に纏わりつく ようになり、俺が俺の部屋を開放して、好きなときに出入りできると知ると、うるさい程に俺に入れられたがった。
ケガしてまで入れられたいなんて、よっぽど俺のが気に入ったんだろう、この前も後々面倒だからおもちゃでも 突っ込んでおけと言ったのに、自分で俺のを勃てて、自分の穴をほぐして乗っかりやがった。

「テイヤ! ねえきいてる?きいてるあたしの話?!」
セイカが喚いた。日頃はガラガラした声のくせに、こいつは喚くときんきんと耐え切れないような嫌な高音を出す。
放っておくと、ずっとこの調子で喚きつづけて神経に障るので、俺はこうなったセイカを相手にしたら、黙らせるしかない。
「…いいぞ」
面倒臭いので言葉と一緒に溜め息が出る。どいつもこいつも。
どいつもこいつも、うんざりする程突っ込まれたがる。俺の持ち物が大したもんだとはいえ、こんなのにはいい加減 厭き厭きだ。
セイカは俺のその一言を聞くなり、それまでの金切り声をぴたりと止め、いそいそと服を脱ぎ出した。
品のない、派手なだけの安っぽい服が、薄汚れた床に乱雑に脱ぎ捨てられてゆく。うんざりだ。
浮かされるような満足げな顔は、さっき怒鳴り散らしていた時の顔より一段と醜悪で鬱陶しい。
下着を取り払い、セイカはさっきからずっとベッドに寝っ転がったままの俺のジーンズのファスナーを下ろした。
それから俺の性器を取り出して満足そうな吐息をひとつつくと、あのラジオスピーカー並の大口でフェラし始める。
こいつのフェラは、まあ抜群ってわけじゃあないが、年相応にやってきただけはあるもんだ。
それがこんな女を乗っからせてやる唯一の理由といえばいうかもしれない。
こんな女に発情するなんてあり得ないが、こいつのフェラで俺はまだ辛うじて勃起する。
勃起するということが重要かなんてことは、俺自身、ロクに考えちゃあないが、ただ、俺にとって、世界を分ける境界線 ってのは勃つか、勃たないかというところにだけあるような、そんな気がするのだ。
いっそのこと、優秀なフェラマシーンでもあればそれはそれで事足りるかもしれないが、俺の持ち物にたかる やつらにやらせておいた方が、俺にとっては面倒がない。指一本動かす必要がないからだ。
セイカは勃起を早めるため、顔を歪めたり、舌をひらつかせてみたりとできるだけ厭らしく嘗めようとしている。
嘗めてるやつの表情なんて俺には効果がないってのをこいつはまだわかっちゃいない。
自分の性器を嘗めてるこいつの顔なんて萎えるどころで、俺は見たくもないのだ。
俺を勃起させるのは、直接的な刺激。こいつのテクだけ。
セイカがフェラを止め、ようやくエレクトした俺のペニスに指を添えた。今日もエレクトはできたらしい。
まだこいつのフェラで勃起できる程度には俺にも元気が残ってるってわけだ。
ただ、射精にいくにはまだ足りない。
セイカは俺の腰あたりまでずり上がり、すっかり濡れまくった自分の性器にそれを当てる。
ぐるっ、とあつくぬたつくものが俺のペニスを取り込む感触がした。ついこの瞬間は眉を顰める。
この感触がたまらないというやつがいるが、随分と酔狂なやつだ。俺にとっては気色悪い感覚といった方が早い。
「……あああんっ、…あっ、…あっ、すごっ……」
セイカは俺の不快そっちのけで俺を奥まで挿し、腰を上下に揺らしてペニスを味わった。
ぐちゃぐちゃと嫌な音がする。
女の勢いで、安いベッドがぎしぎしと今にも壊れそうな音を立てた。この女にずっと好きにさせてたら、 いつかはホントにやってる最中に壊れるかもな、と俺は思った。それは考えるだに面倒臭い。
セイカは俺のペニスを味わえるだけ味わおうと好きなように動く。俺は動いてやる気すらしない。
とりあえず、適当なところで射精して終わらせてしまいたいのだが、この女はひときわ好色なので、それで 終わってくれるかどうか。何より、俺に射精できるだけその気があるかということの方が問題かもしれない。
「イヤアアア、…ンッ、アッ、アッ、アアンッ…」
腰をくねらせ、上下させ、セイカが喘ぐ。スピーカーは相変わらずうるさくアナウンスをやめない。
緩かった内が少しきつく狭まってきた。このくらいからならイケるか。
俺は目を閉じ、思考を自分のペニスに集中させた。これを完全に勃起させ、射精に導かなくてはいけない。
「アアアッ、ヤッ、…スゴイッ……、おっきくなるッ、…おっきいっ…」
熱が集まり出す。まだだ、もっと集中しなくては。もっと自分を高めなくてはいけない。
セイカがひときわ大きく騒ぎ出すのが遠くに聞こえる。段々ペニスの容積が大きくなっていっているのだろう、
とすればもう少しだろうか。
「アアアアッ、イクッ、イクウウ……ッ」
セイカが腰をぐいぐいと押し付けてきた。もう少し熱を集めたら射精できるだろう。
俺はひとつ深呼吸をして、自分の精気を高めた。