不失者 --寝台生活者/vol.2


 セイカはやるだけやって出て行った。
 まあそれは当たり前のことで、この前と違うことといえば、ここに来る時に買ってきたデリカが エビチリじゃなくチリビーンズだってことくらいだ。
 セイカは来る時いつも辛いものばかり買ってくる。
 別に嫌いって訳じゃないが、チンジャオロースあたりが食いたいと思っているときに辛いもんしかないってのは、 意外にうんざりするもんだ。セイカのセックスだけで充分うんざりだってのに、そのうえ食べたくもない辛いデリカが どんより冷めて更に不味くなってるなんてときには…。
 電話のベルが鳴った。電子音やらアナウンスなんてのを俺は嫌うので、前時代式の金属的なベルの音だ。
「……俺だよ」
 わざわざ俺は受話器を取り上げてそう答える。今はセンサーで人の所在を認識して数秒後に自動的に繋がるタイプが 主流らしいが、俺はそんな電話はご免だ。だとしたら俺はいつもこの部屋にいるので、ひっきりなしに電話が喋り出すに 決まってる。まったくもって冗談じゃあない。M.Gに電話を新式のものにしないかと言われた時だって、俺はそのくらいだったら この仕事は請け負わないと強く言っておいた。電話がペニスに飢えてる男や女やその中間種のなまぐさい声を流しつづけるなんて 地獄に行った方がまだマシだ。
 とにもかくにも、俺は多少面倒ではあるが、俺の身を守るためにわざわざ電話を取り上げた。相手はM.Gの秘書(愛人って噂だ) ジェイン・スケラだ。
「こんにちは、テイヤ・コルトン。」
「ああどうも…なに?」
 ジェイン・スケラは、俺にとって有難くない厄介事の用件しか言わないが、それでも低く落ち着いた声をしていて、決して怒鳴ったりとか声を荒げたりしない。
たまに機嫌がいいと、言葉尻が甘くにこやかになってたりして、そういう時のジェイン・スケラを俺は気に入ってるので、この人相手に滅多な態度はとらないのだ。
ジェイン・スケラはM.Gの愛人の割にはよく出来た人で、一日中この部屋に縛り付けられてる俺をなにやかにやと世話をやいてくれる貴重な人だ。
まあそれがこの人の仕事ではあるのだが。
「セイカが帰られたようで…お疲れ様でした」
「ああ、うん」
 俺は生返事をした。特に他に喋ることもなかったからだ。
「今日はどう致します? これから続けられますか?」
「どうかな……今日は・・・いや、昨日は何件だっけ?」
「今日はセイカで三件目になります。昨日は四件ですので…お疲れでしたらこれで終了しても構わないかと思いますが。」
 そうか、三人か。一人目と二人目は誰だっけ。セイカがあんまり五月蝿すぎたんですっかり忘れちまった。
「ふーん、…じゃあ、今日はこれで止めとくよ。あとは明日だ。」
「かしこまりました。明日は10時に一件、15時に一件と、20時に一件既に予約が入ってます。」
「……ふん、そう…。じゃあ俺は強壮剤飲んで寝るよ…おやすみ、ジェイン・スケラ。」
「ゆっくりお休みくださいませ、テイヤ・コルトン。」
 俺は受話器を置いた。受話器を俺より先に置かないでおいてくれるのが、ジェイン・スケラのいいところだ。ジェイン・スケラ、ジェイン・スケラ、ジェイン・スケラ!
俺は別に世界がこの部屋とジェイン・スケラの短い電話と、デヴァイン印のビールだけでいいんだが!
 だが結局ジェイン・スケラは俺が仕事をするんでなきゃ話さえする訳はないし、デヴァイン印のビールはたまにケースで買ってくヤツがいて、品切れしたりするのだ。
そして俺は勃てたくもないペニスを勃てたほんのわずかなご褒美で生活してる。
 ああ、ああ、ああ! うんざり、まったくうんざりだ!
 明日は10時から? 男だか女だか知らないが、朝から突っ込まれにやって来るなんて、なんて人間だろう!
 でも、9時じゃなくて助かった、あの時間には俺の気に入ってる人形番組が入るんだ。
「淫乱め!」
 俺は毒づいた。10時にセックスする人間も、15時にセックスする人間も、20時にセックスする人間も。いや、セックスする世の中のすべての人間が淫乱だ。
「ちくしょう!」
 俺は怒鳴った。すべてのセックスに付き合わされる人間の身にもなってみやがれ!
 俺は立ち上がってバスルームに向かった。セイカの分泌物がどうにもべたべたして気持ち悪かったからだ。



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