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愛知県新城市

武田勝頼戦地本陣跡

2003年10月12日

天正3(1575)年5月、武田勝頼は織田、徳川連合軍との決戦を前に長篠の医王寺で軍議を開いた。多くの忠臣は決戦を回避すべしと進言したが、勝頼は聞き入れず寒狭川を渡ってこの清井田へ進撃し、ここを戦地本陣とした。
21日未明、勝頼は設楽原に向けて総攻撃を命じたが、戦いの結果は武田軍の惨敗に終った。この近くに死を覚悟で出陣した武将が、水盃を汲みかわしたと伝えられている泉がある。
(看板資料より)

武田勝頼戦地本陣跡の近くにあるらしい水盃を汲みかわしたと伝えられている泉は、武田諸将訣盃之跡とは別のものとのことである。設楽原歴史資料館によれば訣盃の地は二ヶ所あるとのことでした。
この武田勝頼戦地本陣跡は、今回の長篠史跡めぐりの最後に訪れたところです。清井田の交差点の踏み切りの方の旧道を入っていき、途中左折するとたどり着けます。

 

 
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