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愛知県新城市

川窪備後守詮秋の墓

2014年08月16日

「参河国名所図会」に武田戦死者として川窪備後の名が見られる。また一級資料である「信長公記」の中にも、討ち捕る頸の見知分として山県・馬場などの武将とともに川窪備後詮秋がある。
「長篠実戦記」でも、甲州方緒将士戦死者概要の中に川窪備後詮秋の名がみられる。
しかし「設楽原戦史考牧野文斎遺稿」の彼我戦死者考証の中には川窪肥前守詮秋とあり、「長篠戦後400年史」の戦没者位牌も同様となっている。
また川窪備後守詮秋は川窪兵庫頭信実のことではないかという説もあるが、資料上二人が揃って上げられている場合もあり別人と見てよいと思われる。
(設楽原戦場考より)

 
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