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山梨県富士河口湖町

本栖城

2016年11月28日

烏帽子岳より青木ヶ原樹海にせり出した標高約1056mが城山山頂で、狭くて細長い山頂部分に数個の屋根切りを配し、自然の地形を利用し、郭を設け、防備を固めた中世山城の形態が残っています。竪堀には、地山の粘板岩を砕いて設けられたものもある。郭の周囲には麓の樹海の富士山の溶岩によって石垣が築かれている。
甲斐国志によると、「里人、源吉春と云う人の城と云伝ふれども、其の人未だ考えず。天文・永禄中、武田の文書に本栖在城云々と見えたるは、此処に籠め置く国境警備の士なり。天正壬午の年、渡辺因獄祐之に拠る」と伝承によれば、烽火台といわれていますが、中世軍事上重要な中道往還が、山裾を通過していることから、中道往還の関門の役目を果たした砦であったことが地勢や周囲の遺構、土塁、石塁などから考えられます。
(看板資料より)

 
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