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長野県小諸市

釈尊寺

2015年05月03日

布引山釈尊寺
「牛に引かれて善光寺参り」の伝説で知られる布引山釈尊寺は、神亀元(724)年の創建と伝えられています。天文17(1548)年、武田信玄が楽巖寺入道、布下仁兵衛を攻めたときに兵火にかかって消失したのを、弘治2(1556)年望月城主であった滋野左衛門佐が再建しました。その後も享保8(1723)年に再び野火のために炎上しています。
現在ある伽藍の多くは、小諸城主牧野周防守康明によって再建されたものです。観音堂内にある「宮殿」は国の重要文化財に、また「白山社社殿」は県宝に指定されています。
(看板資料より)

 



2005年09月24日

布引山釈尊寺
「牛に引かれて善光寺参り」の伝説で知られる布引山釈尊寺は、神亀元(724)年の創建と伝えられています。天文17(1548)年、武田信玄が楽巖寺入道、布下仁兵衛を攻めたときに兵火にかかって消失したのを、弘治2(1556)年望月城主であった滋野左衛門佐が再建しました。その後も享保8(1723)年に再び野火のために炎上しています。
現在ある伽藍の多くは、小諸城主牧野周防守康明によって再建されたものです。観音堂内にある「宮殿」は国の重要文化財に、また「白山社社殿」は県宝に指定されています。
(看板資料より)

麓にある武田信繁首塚に書いてある案内板によると、武田信繁のもともとの墓碑は現在布引山釈尊寺に保管されているとのことでしたので寄ってみることにしました。既に時間が遅くなっていましたが山登りに挑戦しました。車で直接上にも行かれるようでしたが麓に車を止めて登りました。途中に色々な見所がありましたが暗くて写真撮影は不可でした。釈尊寺の本堂?のお土産売り場のところで、武田信繁の墓碑のことを聞いてみましたが、確かにここにあるものの見せることはできないとのことで残念ながら見ることができませんでした。しかし話によると直径20cmくらいの小さな円形のもので武田信繁のものと分かる文字が認められるとのことでした。以前は外に出して一般公開していたのだそうですが、いたずらがひどかったために保管するようになってしまったのだそうです。

幻牛伝説
牛に引かれて善光寺参り
そんな布引伝説は古くから云い伝えられ訪れる人々に夢とロマンを与えてきました。この伝説は、布引山釈尊寺に伝わる縁起書にあるように信心を持たないおばあさんが牛に姿を変えた観音様に導かれ善光寺までたどり着き今までの欲張りで意地悪な心を悔い改めたと言う心温まる昔話の伝説であります。
この幻牛伝説を通じて、人間愛、郷土愛を育み心のよりどころとして、幻牛(ゆめ)街道を多くの人々が訪れ、世に言い伝えていけば、きっと現代の布引伝説が生まれ、伝説のおばあさんと牛に姿を変えた布引観世音様の御加護があることでしょう。
(看板資料より)


典厩寺
武田信繁首塚

 

 
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