その日の終業後、俺への労いの意味で課内で飲み会が行われました。
1次会を終えて部長や課長、そして女子社員達が帰ると、先輩は待ってましたとばかりに電話をし始めました。
「おーーミキちゃーん!今日も会いたいからそっち行く思うでー。よろしゅうネー」
どうも昨日行ったキャバクラに電話している様です。
でもその日はそういう気分ではなかったので、俺は電話を終えた先輩に
「先輩、勘弁して下さい。普通の居酒屋で良いっすよ」
と断ったのだけど先輩は
「何言うてんのやasam!オマエの為におネーチャンの居る店連れてったろう言うてんねんで?」
とかのたまってますけど、ウソでしょう先輩。。自分が行く気マンマンなだけでしょう?
はやる先輩を何とか抑えて、俺たちは串揚げ屋さんに入りました。
俺はさっきから尿意をもよおしていたので席に着くなり直ぐトイレに向かいました。
しかしトイレから出てくると、何か先輩が知らない客とケンカしてるんですよ。
「待てコラァ!!もう一度言うてみい!」
なんて、ただでさえ酒で顔が赤くなってるっつーのに、もう先輩はゆでタコ状態です。
「何すか?何があったんすか!?」
俺が仲裁に入ると、相手の客が
「そいつがナメた事ぬかしよるからや!」
とか言ってるんですけど、良く見るとその人ってば腕とかにイレズミ入ってるんですよ。着ている服もちょっとヤバイ感じの人なんです。先輩ってばちっこいくせに、よりによってこんな人にケンカなんか売ってぇ・・・。
初めて先輩のプロフィールの一部に触れますけど、先輩は身長が155cmありません。吉本の池乃めだかを連想してもらえると良いかも知れないっす。
しかしそこは何とか相手に引いてもらって、その場は凌いだんです。
「先輩〜。。。もうマジで勘弁して下さいよぉ。。。先輩一人だったら確実にヤラれてますよぉ?」
「何でワシがやられるねん! ようジャッキー知ってんねんど!?」
なんつって拳法の構えとかやってるんですよ。串揚げ屋の中で。。。
「酔拳!!」
って分かったから先輩。
串揚げ屋で2時間くらい飲んで、俺たちは帰る事にしました。
「せやけどasam。オマエほとんど食うてへんから腹減ってるやろ?ホテル帰ってもそのまんまでは寝られへんのとちゃうかぁ?」
なんて先輩言ってくれるんですけど、俺はそんなに食べない方だから大丈夫なんすよね。
だのに先輩
「えーから! 牛丼買ってホテルで食ったらええ!」
とか言って率先して牛丼屋に入っていくんですよ先輩。
「あ、ちょ、ちょっと先輩」
俺は後を追いました。
「asam牛丼好きやったやろ?ここで買ってったらええねん」
もうー。。分かりましたよぉ。
仕方ないから俺が並盛りを注文しようとしたんですけど、先輩がそれをさえぎって
「兄ちゃん牛丼!特盛りや!特盛り!汁だく!ていくあうとぉ!」
「って先輩!俺そんな食わないっすよ。しかも勝手に汁だくにして」
てちょっと焦る俺に先輩は
「何言うてんねん。汁だくは基本に決まっとるやないか。ええねん、ええねん。任せとき!」
なんて調子こいてるんですよ。でもってそこまで仕切っておきながら
「ほらasam!早よう!500円やて」
って俺が払うんですよ。先輩・・何を任せたんすか俺。。。
牛丼屋を出ると先輩は、俺の持っている牛丼の入った袋を取り上げて
「あーええから。オマエは泊まり用のごっついバック持っとんねんから、ワシが牛丼持ったる」
と優しい事を言ってくれたんです。
駅に着いて、俺は上り線、先輩は下り線の電車だったので俺たちは構内で別れました。
反対方向のホームに立つ先輩はおどけてコマネチをオーバーアクションでやったりして俺を笑わせようとしてました。ホントに面白いなぁ先輩は。
しかし
「asam!また明日なー!」
と手を振った時に先輩、俺の牛丼を自分の手に持ってるのに気付いたんです。
「しもたーー!牛丼忘れとるでasamー!!」
って一方的に俺のせいかよ。
「先輩、それはもういいです。先輩が持って帰って下さい」
と俺は言ったんだけど
「何言うてんねん!オマエ腹空かしとんのやから、これ持って行かなアカン!」
と言って、何を思ったのか先輩、ホームから線路へ降りてこっちに来ようとするんですよ。
うぇええーー!?
「ちょっと危ないですって!先輩!よしてくださいよ!戻って!」
もう俺も冷静じゃいられません。しかし先輩は危ない足取りでこっちに向かって来ます。
時間的にはまだ11時前だったので、ホームには結構な人が居ました。その人たち全員が先輩に注目しています。
しかし運悪く、そのとき何と電車が駅に到着するアナウンスが流れて来たのです。
それを聞いた先輩は慌ててこちらのホームに走って来ようとしたのですが、足が線路と石畳の間に挟まって動けなくなってしまいました。
酒に酔っておらず冷静に対応すれば恐らく簡単に外れたの思うのですが、先輩はほとんど泥酔状態だったのでオロオロするだけでした。
遠くの方から電車が近づいて来るのが分かりました。俺はもう駅員に言って何とかしてもらおうとしたのですが、そんな時に先輩は泣きそうになりながら
「あ、asam!! ぎゅ、牛丼持って行け!!ワシはええから牛丼持って行けー!」
と言って牛丼弁当を俺に向かって放り投げたんです。
しかしむなしくも牛丼は俺の居るホームには届かず、グシャっと線路内に落ちてしまいました。
「ああーーーっ!asamーー!スマンasamーー!!」
とか絶叫している先輩。
幸いな事にその場に居た他の人が駅員にこの事を伝えた様で、電車は駅に入るだいぶ前で停止しました。
駅員が二人、先輩を助けようとこちらに向かって来ました。
しかし先輩はそれを見るやいなや、捕まったらマズイと思ったのか、引っ掛かった足の靴をその場に放り出して、片足が靴下の状態で「おおぉーーー!」とか雄叫びをあげながらその場から逃走したのでした。
そんな先輩の後姿を俺はただ呆然と見るしかありませんでした。もちろん俺は他人のフリをしますよ。
線路には袋から飛び出した俺の牛丼弁当と、こんな形で主と別れる事となった先輩の革靴が残されました。
翌日会社へ行くと、何事も無かったかの様に先輩は席に着いてました。
「おお!asam!どや!大阪の夜はおもろいやろ〜!?」
「いや、おもろいのは先輩っす・・・。どこ行っても。。。」
この先輩についてはまだまだ逸話があるので、おいおい書いていきたいと思います。
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