この間会社の同僚の結婚式に出てきたんですよ。雨降る中を埼玉くんだりまで行って来ましてね。
式場のホテルに着くと、大阪からわざわざ式に出席する為に上京して来た同じ会社の先輩が先に到着していて、俺を発見するなり手を振って
「おーasam!こっちや、こっちやで!」
と関西弁丸出しで俺を呼ぶんです。恥ずかしいなぁ、と思いながらも俺はその先輩の元へ向かったんです。しかしどうも先輩の様子がおかしいんです。喫煙コーナーでタバコを吸っているのは良いのですけど、何かよそよそしいと言うか挙動不審というか。だモンで俺は先輩に
「どうしたんすか?何かあったんですか?」
と聞いたんです。したら先輩が
「お、おお。よう気ぃついたな。ワシな、誰か知り合いが来るの待っとったんや。ワシの足元見てみ」
と床を指差すので俺は下を見たんです。そしたら何か、木のかけらの様な約5mm四方の物がバラバラと4、5個転がっていたんです。
「先輩。これ何すか?」
と俺が尋ねたところ先輩は
「それなぁ、ワシの革靴の底やねん」
と良く分からない事を言うので、俺はそのかけらをジッと眼を凝らして見てみたんです。するとどうもそれは皮のかたまりだった様なんです。
「先輩、これって・・」
「あのなぁasam。ワシこの靴なぁ3年ぶりに履いたんや。そしたらな、ここ着いた辺りからボロボロと靴底が取れ始めてん。皮の寿命みたいやねんな。雨で水分吸ったもんやから余計にひどぉなってな。ほんでこないなってもうたんやと思う」
と先輩ってばちょっと涙目になって話すんですよ。
「先輩、その靴時間の問題じゃないんですか。そのまま歩いていたらそのうち完全に底が抜けますよ」
と俺もちょっと焦りながら言ったんです。そしたら先輩が
「分かっとるがな。せやから知り合い来るの待っとった言うたやろ。あんなぁasam。駅ビルまで付き合うてくれや。そこで靴買うよってに」
と言うんですけど
「駅ビルまでもちますか?歩いている途中で底抜けますよ、きっと」
と俺は冷静に分析したんです。そしたら先輩何を思ったのか
「せやから付き合うてくれ言うとるんやんか。歩いている時に完全に底が抜けたらメッチャ恥ずかしいやろ。その時お前と一緒に居れば少しは気分もまぎれるやんか」
と俺に一緒に討ち死にしろと言うんですよ。
「嫌っすよ、そんなぁ。あ、先輩、サイズ教えて下さいよ。俺買って来ますから」
と俺はグッドな提案をしたんです。したら先輩
「いや、そらアカン。お前とワシとでは趣味が合わへん」
とかこの期に及んで変なこだわりを見せ始めたんですよ。そんな事言ってる場合じゃないだろう、と思いつつもこの先輩はちょっとイタいところがあるので、仕方ないから俺は一緒に駅ビルまで行く事にしたんです。徒歩時間にして約15分。
道中先輩は動揺しているらしく「asam、俺の後ろに付いて歩いてくれや。ほんで靴底が完全に抜けたら教えてや」とか「落ちた破片を拾ってくれや」とか訳の分からない言動を繰り返していました。しかしホテルを出てから数分と経たないうちに先輩が
「ああ、もうアカン!もう底抜けるでasam!どないしよ!」
と半分泣きそうな声で訴えかけて来たんです。先輩の足元からはまるでマーキングをするかのごとく、一歩一歩足を進める度に皮の破片がボロボロと転がり始めました。かなりピンチである事は火を見るより明らかです。
ところがそんな時に限って今度は俺の方にアクシデントが発生しました。歩いていて何となく右足に違和感を覚えたので俺は自分の足元を見てみたのですが、何故かスラックスの右側の裾だけが妙に雨に濡れているんです。最初傘のさし方が悪いかと思ったのだけど、右手に傘を持っているので右側が濡れるというのは如何にも不自然。だモンで更に良く見てみると、何とスラックスの右側の裾が左側より20cmくらい長くなっているんです。つまり、今は足首に裾が引っ掛かってシワシワになっているけど、これがスポンと抜けてしまうと江戸時代の袴よろしく「おうおう! この金さんの桜吹雪を目ん玉ひん剥いて良ぉく見やがれってんだ!」の状態になってしまう訳です。ご存知の通りスラックスは裾を折り返して内側に収め、細い糸なり糊等で固定するのですが、この礼服を着るのは久しぶりだったので時間の経過と共に止めが甘くなっていたのだと思われます。焦った俺は早く駅ビルに辿り着こうとする先輩に
「せ、先輩。そんなに急がないで下さい。ちょっと俺もピンチなんです」
と片足を引きずる様な歩き方をして訴えました。
「何や!?怪我でもしたんか?ゆっくり言われてもワシももうアカンで!」
と先輩もすり足の様な妙な歩き方で答えました。
「裾の止めがほつれてヤバイんすよ」
と俺は自分の右足を指差しました。
「何やねんそれ!アカンがな!笑ってまうな!」
と自分の事を棚に上げて先輩は爆笑し始めました。しかしそんな先輩もリミットに近い事には変わりありません。
「あ、ヤバイasam!親指の部分の底が抜けた!めっちゃ水入って来よる!」
いよいよ先輩の靴は底が抜け始めました。大きい声で逐一報告する先輩が、クールな俺にとっては恥ずかしい事と思いながらも、それを指摘する余裕は今となってはありませんでした。もう完全にスラックスの右足はアコーディオンカーテンよろしくビロロンとなっています。
片やすり足で足元を気にしながら妙な歩き方をして関西弁をまくし立てる先輩、此方それを追う様にしてこれまた右足をかばう変な歩き方をしている俺。しかも二人とも礼服。俺達二人は周囲の目にはどう映った事でしょう。
しかしどうにかこうにか先輩と俺は駅ビルに辿り着きました。何とか先輩の靴は完全な底抜けを回避出来、俺のビロビロの裾ももってくれました。しかし先輩も俺もボロボロで、その姿たるや母をたずねて三千里でやっとの事でお母さんに会えた時のマルコさながらの状態でした。駅ビルにおいてまず先輩の靴の方を先に買う事にしました。先輩の選んだ靴は俺から言わせればかなりヤラれており、趣味が合わないと言った先輩の発言にも俺は納得出来ました。次に俺のスラックスの裾の方の修復だったのですが、これは無料で直してもらえました。
こうして俺達すっとこどっこいコンビは無事に結婚式に出席する事が出来た訳です。
「ほらなーasam! ちょろいモンやなぁ東京も!」
「いえ、ここ埼玉です・・・」
このイタい関西人の先輩には他にもいくつか逸話があるので、おいおい書いていきたいと思います。


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