独自路線を進みたい、とか自分の色を出していきたい、とか言って仕事や趣味においてもアイデンティティーの確立を求めるのが人間本来の姿ってモンだと思うんですぅ。やはり生きている限りそこに自分というものを何かの形で残したい、とね。
俺の棲家の1階ってスーパーなんですよ。ちょっとしたチェーン店で近所の連中も良く利用するんです。勿論俺も例外ではありません。
この建物って3階建で俺の家は3階にあるんだけどエレベーターが無いんですね。だからエッコラ3階まで階段を登らなくちゃならないんです。仕事で疲れ果てた日も飲んで酔っ払った日も、帰宅時には必ず登らなくてはならない最後の難所なんです。まぁそれは良いですよ。運動にもなるし3階くらいまでなら耐えてやるか、と。
で、ここの2階がスーパーの事務所になっていて、3階に行く階段に進む為には事務所の前を通らなくちゃならないんです。よってスーパーの社員とすれ違う事も良くあるんっすよ。この間の朝、俺が出勤する時に2階のスーパーの事務所前を通ったら、階段を登って来た全身黒ずくめの細身の男とすれ違ったんですよ。カラスみたいで気持ち悪ぃなーとか思ったんだけど、良く見ると十字架のネックレスやトゲトゲしたウォレットチェーンをジャラジャラ鳴らして、靴なんかには銀色の画びょうみたいなのがたくさん打ってあるんですよ。
こ、こいつ・・ヘヴィメタルだ・・。まさか1階のスーパーの店員にヘヴィメタ野郎が居たとは・・・。
俺はこのスーパーのメンバーの顔を大体覚えているのだけど、彼は知らない顔だったので間違いなく裏でお弁当やお惣菜とかを作っている係の人なんですよ。
えーっ、ヘヴィメタルがお弁当作るってぇー。
でも良く考えたらヤバイですよ。今でこそ大人しくしているけれど、そのうち調理場で口に含んだサラダ油をブハーーっと吹きながら炎をあげて、その火でウナギの蒲焼をあぶったりし始めるかも知れないし、奇声を上げながら自前のクサリで肉を手打ちミンチにするかも知れませんよ。まぁ、その程度だったらアホみたいな顔したメガネ店長に「き、君ぃ!」とか注意されるだけで済むけど、彼が調理係の中でも重要なポストに付いてしまったらそれこそ大変。店頭に並ぶ商品の名前も「メタルコロッケ」とか「デス肉じゃが」とか「スラッシュ幕の内弁当」とかいう風になるんですよ。でもって買い物に来たおばあちゃんなんかは、何だか意味良く分かってないけどヘヴィメタが中指を立てて美味そうに肉じゃがを食べている写真付きのデス肉じゃがのパックを手に取ったり、お母さんのお供で来た幼稚園児は、カレーの王子様の隣に並んでいる「メタルの王様」とかいうカレーをお母さんの買い物カゴにそっと入れちゃったりするんですよ。
もうこのスーパーはまるでヘヴィメタルブームの再来かと思うほどメタル色に染められてしまうんですよー。うっひゃー。
あー・・ごめんなさい。別に俺はヘヴィメタルをナメている訳じゃないんです。こう見えても俺が最も尊敬している人物はシド・ビシャスですから。・・ってアレはパンクスかぁ。
いやまぁどっちにしても、彼がへヴィメタルをひとつの信仰とするなら、いつか上記の様な日がやって来たっておかしくはないんだ、って事を言いたかった訳ですよ。
うん、俺はいつそうなっても驚かない様に今のうちから覚悟しておくから。何なら俺こそが時代の最先端、いやスーパーの最先端としてメタルファッションでネギや豆腐を買い物カゴに入れて行くよ。
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