俺の勤めている会社では毎朝始業前に朝会が行なわれて、順番で決められた社員の一人が整列している皆の前に立ち、日々思う事を述べる「所感」と称したイベントがあるのです。かったりぃ〜。
これには特にテーマや制約が無いのでホントに自分が思う好きな事を述べて良いのです。まぁ日々思う事や好きな事を話して良い、なんつったら俺の様な妄想癖を持った思い込みの激しいクールな人間にとっちゃ幾らでもネタはありますよ。でもぉ、取締役の面々が揃う中で「いやぁ、先日全裸で地元をノホホンと歩く夢を見ましてねぇ」なんて話は出来ませんよね。
何だかんだ言いながらも大体の人は結局自分の仕事上に絡めた話とかになってしまうんですよ。ありがちなパターンとしては、営業に行った会社でとても良い待遇を受けた。振り返って自分の会社はどうなのだろう、と考えた。なんて言うのが定番ですよね。
先日その「所感」の当番としてある営業部長が壇上に立ちました。その時の彼のテーマは「身だしなみ」だったんです。
最初彼は現在うちの会社で適用しているクールビズに関する話から始めました。
「クールビズを、これ幸いと自分なりに歪曲した解釈をし、客観的に見て乱れた格好をしている社員が居る」
と。
ヤベエよ。俺の事かぁ? 
俺は元々固い格好が嫌いなので、ネクタイをしなくても良いというクールビズスタイルを機に、ワイシャツとは少し離れたドレスシャツを良く着ていました。そのうちスーツパンツについてもスラックスではないチノパンを履いたりしようと画策していたのです。
「社会人としてふさわしくない格好をしていては、当社に来訪されたお客様に対して良くない印象を与える事になる」
うわ・・俺の居るフロアって受付業務もやっているから、俺もたまに接客対応するんだよなぁ・・。と少し肩身の狭い思いをしながら俺は壇上に立つ営業部長を見上げたんです。
ん?
「クールビズ本来の目的を見失っているのではないかと私は思う」
とか言っている営業部長・・。うえぇ? 営業部長ってばスラックスのチャックがクールビズ全開だよ!むひょー。なんかぁ、開いた「社会の窓」から薄いブルーのワイシャツとか、白いパンツとかまでちょっと見えてるんですけどぉ・・・。うわぁ、ちょっと待ってよー。これ皆気付いているよなぁ・・・。何かこっちが恥ずかしくなってきちゃうよー・・。今日びスラックスのチャックが開いてるって・・・ベタも良いところっすよー。
でも気付いていない営業部長は当然そのまま話を続けますよね。
「私はトイレに入ると必ず鏡を見て自分自身の身だしなみがキチンとしているかどうかの確認をする」
だって・・。えー?ホントかよー。じゃあアレか、今日はまだトイレ行ってないんだぁ。
「最近の若い者は・・という言葉は使いたくはないが、根本的に何かがおかしいと思う」
だって・・。そりゃアンタも根本的におかしいぞー。
「ズボンをだらしなく下の方で履いてパンツを見せていたり・・」
アンタも別の方法でパンツ見せてるけどー。
「自分が周りからどう見られているかなど気にした事もないのだろう」
アンタもなー。
営業部長は何かスイッチが入ってしまった様で、それから延々と10分以上に渡り服装や風紀の乱れから、若者の態度に至るまでをヒトラーよろしく熱弁を振るって語っていました。チャック開いてんのに。
そして最後に営業部長は
「今一度、皆さんも自分自身の服装等に気を付ける様に」
と言う言葉をもって締めました。
朝会が終わってから約1時間後、俺は押印書類を持って営業部長の席に赴いたのですが、彼のチャックは相変わらずクールビズ。あれからまだトイレには行ってない様ですね。
「asam君。今日の私の所感は、ちょっと厳しかったかなぁ」
だって。何?それ。俺に対して遠まわしに注意してんの?
俺はここは気付いていないフリをしてやろうと思いました。
「いえ、実に正論ですよ。とかく自分というものを客観視するのは難しい事だと思いますから」
俺は視線を彼のチャックに向けたままそう答えました。
「ふむ。そうだよね。気付いて欲しいものなんだけどね」
営業部長は俺の目に視線を向けていた様です。
ふっ・・。アンタそうやって孤高を気取っているつもりかもしれないけど、足元見失っている人間ほど格好の悪いモンってないよ。
そう。自分を客観視するのは実に難しい。内面的な事も外見的な事も。


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