こないだ母親からとある美術展の無料招待券を貰ったんです。何か友達のプロの作家さんの作品が展示されているからチケット頂いた、とか言って。
俺はどうもこの「無料」と言う言葉に弱いんです。
いや、弱いと言うのは「ラッキー!無料だ無料だ!あっひゅ〜!行こうぜぇ!」とか言うノリノリの意味ではなくその逆です。
「お金払わなくて良いの?」
と思ってしまうのです。
例えばこの美術展にしたって施設の賃貸料・レイアウト装飾代・運営費・作者へのギャランティー等々が発生しているのですよね。
それらを補うひとつとして挙げられるのが観に来るお客さんの入場料ですよ。
だのにそれなのに。俺は一切お金を払わないで作家さんが一所懸命描いたり作ったりした絵や彫刻を観ようってんですよ。
腕組みしながらアゴ髭をイジって「うむぅ。。この画風にはパッションが感じられるのぉ」なんて渋い顔なんぞしてようものなら絶対係員にスリッパで後頭部を叩かれていますよ。「1円も払わんで入場したキサマ如きに何が分かるんじゃい!」と言う言葉を浴びせられながら。。
あのぉ、今から20年くらい前の事なんだけど、フランス料理のコース無料クーポン券2枚をこれまた母親が福引的なもので当てて俺にくれたんですよ。
当時バブル絶頂だったとは言え、お一人様7万円のフルコースと言ったら結構なモンですよね。
後ろめたい気持ちを持ちつつ俺は当時の彼女的な人を連れて広尾にあるそのフランス料理のお店に行ったんだけど、その時の彼女の格好ってのが、一体どこ主催の舞踏会に行くんだよ?と言うスタイルだったんです。何かピカピカしているドレスで。
こっちは無料クーポンで高級料理を食べようってんですよ? たまたま庶民がクジで当てたから食べられるんですよ? 何だその貴族気取りは。何だその羽バッサバッサのピンク色の扇子は。 生粋の下町っ子のくせして山の手ぶるんじゃないよキサマ!
お店の中に入っても俺はずっと申し訳なさで一杯でした。
タキシードをバッチリ決めた俺達専任のボーイさんが「どうぞ」とばかりに椅子を引いてくれたりするんです。こちとら無料クーポン券なのに。。でもってずっとかたわらに立って指示を待っているんです。無料クーポン券の俺達を。。。
「ワインはいかがなさいますか?」とか言ってワインメニューを見せてくれたんだけどボーイさん。あったりまえの様に何が書いてあるのか俺にはサッパリ分かりません。ただ一番小さい数字が12,000と言うのだけは分かりました。
「えーと。。このワインは別料金ですか?」なんて聞けない萎縮してしまったチキンな俺は自分のお財布の中身を思い出そうとしていました。
・・・・うん。。確か1万円札は入ってなかった。。。。うわぁ、やべぇ。。。
クレジットカードなんて言う当時大学生になったばかりの俺が、そんな近未来的代物を持っているはずがありません。。
俺は超能力と軽いジェスチャーを使って彼女に「今日の所持金は?」と聞いたんですけど彼女は全く気付かず「じゃあコレ」とか言って適当そうにワインを選んでしまったんです。
うっそぉ〜〜ん。。。
こりゃもし別料金だったら彼女を一人帰して俺は皿洗いしなくちゃならないかもぉ。。とか本気で考えていました。
その頃厨房では無料クーポンでシェフご自慢の料理の数々を食べようと言う不貞な輩の俺達の話題で持ちきりですよ。
きっとあの時出てきたフォアグラなんかは普段は捨ててしまう部分だったに違いないんです。カルパッチョにふりかけられていたトリュフも通常より80%減だったんです。
「シェフ。フォアグラ、いつも捨てちまってるこの変な色で変なニオイがしているところを奴らに出して良いっすよね?」とか「トリュフの風味なんかアイツらクーポン野郎には分からないっしょ。勿体無いから枯れ木の小枝でも混ぜて嵩増ししときましょうや」
なんて会話がなされていたんですよ、きっと。
ううん、でも良いの。だってその通り俺達ってば無料クーポンなんですもの。皆さんコックさん達の貴重なお時間を割いてすいません。いやホントに前のお客さんの食べ残したフランスパンでも頂ければ十分ですから。。。
ってな感じで俺は小さくなっていたんだけど、一方で彼女の方は余裕ぶっこいて雰囲気を楽しんでるんですよ。
おいこの下町娘!何を優雅ぶってワインのテイスティングなんぞやっとんのじゃオラァ!
それがアレか? 二十歳超えている女の余裕か? まだ十代の俺に対して「ほぉらボウヤ。これが大人の女性ってものよ」なんて年上ぶるか?
もぉ・・・。皿洗いするのは俺なんだぞぉ?
とまぁそんな感じでビクビクイライラしていたんだけど俺、実際クーポン券にはワインボトル1本のサービスが付いている事を後で知りました。
食後のコーヒーを飲みながら恋人同士の語らいを進めている際も、俺の方は緊張と申し訳なさで居たたまれない状態でした。
そして残念な事にそのクーポン券はどうやら本物だったらしく、俺達はホントに一銭も払わずに高級料理を頂く事が出来てしまった訳です(俺の気持ちとしては食事代見合いの枚数分のお皿を必死で洗って、ちゃんと対価を支払う事を望んでいましたから)。
「ありがとうございました」とか言ってボーイさんが深々と頭を下げるんですよ。俺達無料クーポンカップルに向かって。。。コート着るのも手伝ってくれたりするんですよ。無料クーポン庶民の俺達に対して。。
結局俺はその日の時間、終始「お金を払わない・・・」と言う後ろめたさが付きまとい、肝心のお料理の味なんか覚えていなかったのです。
と、まぁ長くなりましたけど、そんな感じで俺は「無料」と言う言葉には弱いんです。
うん。。サービスとしては20%オフ辺りが妥当なんですよ。。


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