「プライド・・。時としてそれは命よりも重い」

以前何かの本で読んだ事があります。男っぽいカッコイイ言葉だよねぇ・・。


「asamさん、通帳の記帳と入金をお願いしたいので銀行まで行ってくれますか?」

俺は良い歳をしたおっさんなんだけど、未だにこういうパシリの様な事をやらされているんです。でもイヤッホー。嫌じゃないんだ。これも仕事だと思っているし、銀行と言えば「俺」と相場が決まっている訳だから。「バンク・オブ・俺」って感じ(バンプ・オブ・チキンみたいだなっす)。
「おう、任せて。行って来ますよ」
ってなモンで近くの銀行まで自転車でひとっ走り。
ところがぁ、この自転車(社用車)が結構なクセモノ。
自慢だけども俺ってちょっと前までは自転車にハマっていて、結構な代物にまたがってブイブイ言わせていたんです。だからこう単に自転車と言っても色々とこだわる方なんですね。
でもって我が社の期待の自転車なんだけど、これがまた渋い程にポンコツ。20年戦士クラスのママチャリタイプで、まずサドル(椅子)が一番下に下げられた状態で錆付いてしまったのでそこからピクリとも動かせない。しかもちょっと右方向に向いた格好で固定されてしまっています。俺はこう見えても身長が175Cmを超えているので、もの凄くヒザが曲がった低姿勢で大股を広げながらキコキコとペダルを漕がなくてはならないんです。しかもママチャリタイプの自転車なのでハンドルが結構高いところに位置している為、何かちょっとしたイージーライダー風な姿勢を取る事になる訳ですね。ヤフー。そして次に注目すは変速機です。当車両は3段変速のギアが装備されているのですが、これまた調子が悪く一番重いギアで固定されてしまっています。よりによって一番重いギアって・・。またその様に駆動系にガタが来ているのでチェーンも伸びきってしまっており、ペダルを漕ぐ度に『ギーガシャン・・ガララガシャン』と言った壊れかけのモビルスーツの様な感じの音を発生し、ベルを鳴らさなくても前を歩いている人にとっては後ろから何かが迫りつつあるという事が分かる様になっています。また後輪のブレーキはレバーを握る度にSLの汽笛の如し轟音を発します。恥ずかしいと思い前輪ブレーキをかけようとすると、今度はこのブレーキには遊びという物が全く無いのでちょっとレバーを握っただけで急ブレーキがかかってしまいます。極めつけはスタンドで、コツを間違えると立っている自転車が思い切り倒れます。このコツと言うのが文章では表現し難いのですが、敢えて言うなら「ウキャっと足で押し込む」という風情です。分かんねぇだろうなぁ・・。
まぁそう言った感じで自転車を趣味としてきた俺にとって彼は決して同列にはしたくない程の乗り物なんですけど、実際歩くよりは早いので頼りにするしかないんですね。

だモンで今日も今日とてそんな彼と共に銀行に向かったんですよ。ギーガシャンギーガシャンという効果音を発しながら。
俺の会社はまぁまぁのオフィス街にあるので、日中は歩道を歩いている人の数も結構多いんですよね。で、いつもの様にノンビリしながらもそういった人垣をゆっくり避けて走っていたんです。そしたら事件が起きたんです。歩道と車道の境って段差があるでしょ。でもってその段差のレベルって場所によって違うじゃないですか。俺が丁度信号を渡る為その段差を超えようとした時に、後ろからかなりのスピードを出した自転車便のお兄ちゃんが俺を追い抜きざま目の前を横切ったんですよ。うわ、っと思って俺は思わずハンドルを右に切ったんだけど、そしたら通常ならレベル6辺りの段差で済むところをレベル42の段差を超える事になってしまったんですわ。ガガーンとね。その後俺は信じられない光景を目にしたんですよ。
自転車の前輪がね・・、ガコンとか言って外れたんですよ。
ええーーーーーーーーー!?
自転車の構造に詳しくない人でも、これがどんなに危険な状況であるかは分かりますよね。
乗っている自転車の前輪が外れるって・・。そんな事今まで生きてきた中で初めての事ですよ。
っつーかそんな経験普通の人しねーっ!
自転車は前に進もうとしているにも関わらず前輪が無い訳ですから、俺は前につんのめる様な格好で転倒したんです。都会の雑踏の中で際立つ大きな異音。そこに居た人全てと言って良いくらいの群衆が俺に注目する訳じゃないですか。当の俺は前輪が無い自転車と一緒に転がっているんですよ。スーツ着て。しかも片方の靴とか脱げちゃって。もう画的にはコントのズッコケ以外の何物でも無いじゃないですか。
あふー恥ずかしいーー!
とにかく俺はその場からとっとと離れたかったんです。でも頭を打ったのかちょっとフラフラするんですね。そんな時はほっといてくれれば良いのに、また親切なサラリーマンのおじさんが声をかけてくれるんですよ。
俺:「いやもう大丈夫っすから」
おじさん:「いやいや君ぃ、そんな事言ったって・・」
俺:「いやもうホント全然OKっすから」
おじさん:「でも君、頭から血が流れているよ
俺:「え?
『え?』何か熱いモンが頬を伝ってるなぁとは思っていたんだけど、まさか血だったなんて!
俺ってプロレスラー並みに血を流しながら「大丈夫っすから。全然OKっすから」とか言ってたよ。
ぎょへー、これまた恥ずかしいーー!!
もう四の五の言ってられないと思って俺は頭のフラつきを我慢して自転車と自転車の前輪をかついでその場からマッハで逃走しました。しかしそこはオフィス街。ちょっと走ったところで人並みが途絶える事はないんです。顔を血だらけにした鬼の形相のサラリーマンが壊れた自転車をかついで爆走している姿は、客観的に見れば先程の転倒シーンよりもインパクトのあるものだったかも知れません。俺はビルとビルの細い隙間を見つけると、取り敢えず自転車を放り出してその空間に隠れる様に飛び込んだんです。そう、まるで人を刺した直後の気の弱いチンピラの様に・・。幅30Cm程のその隙間は体を横にしないと両壁に当たってしまう様な所ですが、幸い人が出入りする通路でもなさそうなので取り敢えずは心身共に落ち着かせる事に専念出来ました。俺はポケットからハンカチを取り出して顔と頭の血を拭きました。出血は結構な量でしたが、その頃にはフラつきも収まっていたので脳に障害は無いなと思いました。また衣服についてもラッキーな事に多少こすれた跡はありましたが、破れるというダメージは無かったです。しかしいつまでもこの狭い空間に居座っている訳にはいきません。すぐ前を歩いている歩行者がいつビルの隙間にひそむ俺に気付くか分からないからです。「こんな所であいつは一体何をやっているんだ?」と怪訝に思う事間違い無しです。俺は大きく深呼吸をすると何事も無かったかの様に歩道に出ました。もはや鉄クズと言っても過言ではない自転車が目の前に転がっています。これが俺個人所有の自転車ならそのまま放っておいたりしてしまうところですが、さすがに会社の自転車なので持って帰らざるを得ません。取り敢えず徒歩で銀行に行って用件を済ますと、俺はそのガラクタ自転車をかついで会社への道を歩き出しました。良く考えれば頭から血を流しているという「恥ずかしポイント」を削除出来ても、壊れた自転車をかついでいる姿を万人の前でさらす事は決して避けられない事実だったんですよね。周囲を歩く人達はそんな俺を不思議そうな顔で見ます。何だったら「鉄クズ集配の人かしら?何でスーツ着ているの?」なんて思っている人も居たかも知れません。しかし、乗車中に転倒して血だらけになったサラリーマンが平静を装って自転車をかついでいる、というその時の俺にとっては最悪の場面を連想されるよりは幾らかマシでした。
そういう訳で約15分かけて俺は会社に戻って来ました。今度は会社の人達に事の顛末を報告しなくてはなりません。俺は会社においては冗談のひとつも言わないクールガイで通っているので、こんなウケるネタが手に入ってもそれをアッサリ発表するつもりは毛頭ありませんでした。いかにクールに決めるか・・という事だけを考えた末、俺は事務所の女子社員達にちょっと斜に構えながら
イッツ・アクシデント。何か自転車が壊れちゃってね。取り敢えず持って帰っては来たんだけど、アレはもうお釈迦だね
とガルマ様よろしくもし前髪が垂れていたら手ぐしでササッと後ろに流す様な勢いで言い放ち、自転車のキーを女子社員に返して不敵な笑みを見せ付けたんです。女子社員達は全員俺に注目していました。
決まったぜ・・、俺ってカッコイイ・・。
何だったら俺のバックにはバラの花々が咲き乱れるくらいのクールさです。そしたら女子社員の一人が
「あの・・、asamさん。大丈夫ですか?頭から血が流れてますよ?」とポツリと言ったんです。
え?
ぎょへーーー!まだ血ぃ流れてたんかぁ!しかも気取って笑みなんか浮かべてたよ俺ぇ!
頭から血を流しながらクールに薄ら笑いしている俺ってぇーー!!

その日を境に俺の会社内でのイメージは少し変わりました。
プライド・・。時としてそれは時として命よりも重い・・。
恥をさらすくらいなら死んだ方がマシと思う俺の感覚も大きな意味ではこれと同義なのかな。


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