１００％って言っても濃縮果汁還元じゃないですよ。ストレート１００％ってやつ。きっとお値段も高いですよ。ペットボトルではなくビンに入っている、っていうのも高級感漂います。ラベルには「むつ」って書いてあるんです。何か強そうでしょ？リンゴ１００じゃなくてウラン１００みたいで。で、そのラベルもポンジュースみたいに綺麗な印刷が施されているんじゃなくて、ちょっと手作りっぽく「むつ」って書いてあるんです。田舎の風景で、兄妹と思しきビンボーそうなガキんちょがほのぼの笑っているイラストが貼り付けてあります。でもってビンの下を見たらぁ、果汁が一杯沈殿していましてね。もう美味しそうの何のって・・・。ナフー。で、早速味見してみますかのぉ、とフタに付いてるビニールを剥がして完全なる試飲体勢を取ったんです。
したらぁ、ビンのフタってば王冠なんですよ、王冠。ある意味感動しましたよ。ねじって開くアルミ製やプラスティック製のフタが全盛の昨今、内側にコルクが内臓されているであろうスチール製の王冠ですよ。カッチョイイ。もう俺の様なマニアな人間にとってはフタが王冠、って事だけでレア度上昇ウキウキ気分満点です。
「飲む前からここまで俺に色々な感動を提供してくれる飲み物ってなぁよぉ。ひょっとしたらコカコーラの１リットルビンが出てきた時以来かも知れねえ・・」
なぁんて独り言を言ってはそんな自分を笑いながら俺は栓抜きを探したんです。
んーと・・・・・・・・あれ？
でも良く考えたら俺ってこのオンボロアパート新館に引っ越してきてから栓抜きや缶切りの類って使った事無かったんですよ。って事は絶対に何処を探しても無い訳ですー。むひょー。もう体は飲む準備万端だっていうのに飲めないというこのイライラ感。夜だから何処の店もやってないし、近くのコンビニは小さい店舗だからとても栓抜きなんて売っていると思えないし・・、しかも外はタライをひっくり返した様な土砂降り雨だし・・。
ここからが地獄だったんですよ。
もう何だか眠れないんです。スッゲー楽しみにしていたのに飲めないから。しかもぉ、巧妙なトラップが仕掛けてあって、相当パソコン技術に精通している人でなくては解けない様なパスワードを解析出来ない、とか言うならアッサリ諦めもつきますよ。でも相手はたかが栓抜きですよ？そんな前時代的な小道具に翻弄されている自分が腹立たしく思えてきましてね。もうそう考えると何もかもムカついてきて、何でラベルのつぎはぎだらけの服を着ていそうな田舎ビンボー兄妹があんな満足気な笑顔を浮かべているのに、大都会東京に住む良い大人のクールな俺がこんな屈辱を受けなくてはならないのだ、って。
俺は夢にでも出てくる様な勢いの思いを何とか押し留めてその日は眠ったんです。
次の日の土曜日早朝。まるで矢吹丈と戦う為に減量をし過ぎておかしくなった力石徹よろしく、俺は狂った様にリンゴジュースを欲して飛び起きたんです。でも、当然そんな時間では金物屋はやってません。また外を見てみると相変わらずの豪雨。
しかしそこでふと俺は思い出したんです。何か、割り箸を栓抜き代わりにして王冠を開けるっていうのを昔テレビで見た事ある、と・・・。
こうなったら俺も挑戦してみよう！ ヘッ・・。割り箸なら腐るほどあるぜ！
俺は勢い勇んで早速シャキーンと割り箸をひとつ袋から取り出しました。しかし、そのウルトラマンに変身するかの様な体勢のままで俺は固まってしまいました。割り箸で王冠を開ける、というのをテレビで見た事はあっても、どういった手段で行なうのかの詳細までは覚えていなかったんです。俺はああでもないこうでもないと色々な形で割り箸を当ててみたのですが、イマイチどれもしっくり来ません。
しかし俺は試行錯誤の末ひとつの結論に達しました。
・・・文章では表現し辛いのですけど、割り箸の上部先端を王冠の下側に引っ掛けて当て、割り箸の下部をテーブルにゴン、と叩きつける、と。するとスポン！と栓が抜ける。うっふー。見てろよザクめ。
・・・の筈だったんですけどね。抜けたんだけどぉ・・。持ってるビンがグワンと傾いちゃって・・・。ドボドボッて5分の１くらいこぼれちゃったんです。5分の１もですよ？そりゃテーブルにぶちまけられたリンゴジュース、直接口を付けてすすりましたよ。格好悪かろうがクールでなかろうがそんな事言ってられないですよ。
「ほら、これを舐めるんだよ！」
と女王様に言われるまでもなく率先して舐めましたよ。これが俺にとってのリンゴジュース「むつ」の最初の一口・・・。美味しかった・・でも悲しかったです。テーブルに置かれたビンのラベルに描かれている田舎ビンボー兄妹と目が合いました。相変わらず幸せそうに笑ってやがる、こいつら。ビンボーのくせにどうしてそんなに笑ってられるんだよ・・。
・・・・お金じゃ買えない幸せってあるんですね・・・。
昨日以上にこいつらとの差が開いたって感じがしました・・・。
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