<洞窟>
怪しい老人が潜んでいる確率65%
更にその老人がその土地の歴史や言い伝えにやたら詳しい確率80%
<登場人物全滅作戦>
ハッピーエンドもバッドエンドも関係なく全てを無にしてしまう、ドラマとしてはこれ以上無いケツの捲くり方。
俺が知っている登場人物全滅作戦を用いた代表的な作品は、アニメの「伝説巨神イデオン」と「新世紀エヴァンゲリオン」である。
これをやってしまうと正義・悪・敵・味方と言った分かりやすい基本的な概念や構図が完全に飛んでしまうので、一般的な視聴者のシンパシーは得られ難い。加えて上記の両作品ともキャラの死亡に至るシーンについて過激な描写が施されている為(とても今の地上波では放送出来ない)内容どうこうよりもその箇所のみが頭にインプットされてしまう。
イデオンの監督であった富野喜幸(由悠季)は当作品のエンディングについて「禁じ手を使ってしまった」と言っていたが、こちらとしては「分かっているならやるなよ」と言いたいところだ。
登場人物全滅作戦は、物語全体を冷静に観られる視聴者なら理解出来るかも知れないが、キャラに感情移入をしてしまうオタクにとっては悲鳴を上げたくなる作戦ではないかと思う。
ちなみに富野監督はこの作戦後、その罪滅ぼしの為か次作品の「戦闘メカ・ザブングル」において「登場人物全員死なない作戦」を敢行した。
これでプラスマイナス0か。
<「どうもありがとう」>
依頼した質や量によってはその一言で済まされない場合もある為、使い方にはには注意が必要な言葉。
<ドキュメンタリー再現番組(米国)>
正式な番組名は忘れてしまったが、大事故からの奇跡的な生還や超常現象等の体験を再現ドラマとして放送し、如何に視聴者へリアルさを伝えられるか、と言うのが趣旨のアメリカのテレビ番組。
ところが彼らアメ公の発想は日本人には理解し難いもので、この番組ではリアルさを追求するが余り、ずぶの素人の事件当事者を役者として起用している。本人が出演していると言うリアルさに気を取られ、大根役者真っ青のぎこちない動きが逆にリアル感を半減させている事に彼等は気付かないらしい。
歴史も無ければ奥深さも無い勢いだけの人種が喜びそうな番組である。
<特殊物質>
数あるアニメに登場するロボットの中でも、勇者ライディーンやダンガードA(エース)の様に唇が付いていて口を開け閉め出来るタイプのものが存在する。
鋼鉄で出来ているはずのロボットなのに、あの口周辺の素材は一体何で出来ているのか、中3くらいになって初めて俺は気になりだした。
考えるに、アレは恐らくターミネーターT-1000の様な、液体金属で出来ているに違いない。
テレビ放送上では表現されていなかったが、ライディーンが敵にヤラれている時「どぅわっ!!」と吹き飛ばされながら、きっと口元はドロドロの状態に一瞬なっていたのだろう。
想像すると実に気持ち悪い。
<特別>
本当にスペシャルな他、扱いに困って適用する場合もある名詞。
もし「君は特別だ」と面と向かって言われたら、十中八九扱い難い存在と思われている事を自覚しなくてはならない。
特別賞と言う賞も、上位に入るほどの実力が無いまでも、そのバックに謎の権力者が居たり、表彰する側の個人的な感情によって与えられたりする場合がある。
審査員特別賞なぞその最たるものだ。
<毒を食らわば皿まで>
一度でも悪行を行なったのなら一生悪に徹するべき、と言う考え。
臆病風を吹かせたり中途半端な正義感を覚えたりしてこれまでの行動を覆したりする一貫性の無い行動はやめろ、と言う意味でもある。・・と思う。
水戸黄門に出ていた「お銀」や「飛猿」は、元々悪党であるのに水戸黄門と出会う事によって正義の味方になってしまった。あまつさえこの二人は隠密行動として度々悪人の用心棒になりすまし、寸でのところで寝返り「貴様!裏切ったか!?」と悪党の頭に詰問されると「裏切ったんじゃない!表返ったんだよ!」と自分では上手い言い回しと思ってか得意になってこの訳の分からないセリフを連発していた。悪人の風上にもおけない、とはこういう連中の事を言う。
正義であれ悪であれ、一度決めたベクトルは自身のプライドと意地にかけて貫かなくてはならない。
<ドッペルゲンガー>
もう一人の自分。自己幻覚。
漫画家や小説家が登場人物にドッペルゲンガーを当て込む例は非常に多い。
バカボンパパは赤塚不二夫。まことちゃんは梅図かずおのドッペルゲンガーと言うのはどうしようもなく納得出来る。
<戸惑い>
DVD内では四つん這いになって突き出したお尻をカメラに向けているくせに、撮影会ではNGポーズだと言われた時のカメラマンの心境。
<ドム>
「機動戦士ガンダム」に登場するジオン軍の重モビルスーツ。
『重』と言いながらも背中と足首から出る強力なバーニアで地面を這う様なホバークラフト走行を可能とし身軽な動きを見せていた。
しかし、ホバー走行は足を動かす必要が無いのでアニメーション製作に当たって労力とコストの削減になる、と言うのがドムのホバークラフト走行の起源であるとしたら、戦死した黒い三連星の連中も浮かばれない気がする。聞いてっか?富野監督。
<ドライブスルー>
マクドナルドを始めとするファーストフード店において、自動車で来店した客が車から降りずに商品を注文し受け取る事が出来るシステム。
重要なのは「車で来店した客のみ」が対象となっている点である。
以前、とあるテレビ番組でタレントの「車だん吉」が自らの足でドライブスルーに走って行き、マイクに向かって注文しようとしたところ、店側から「お車でないお客様は店内にてご注文下さい」と言って断られた。「車が付いているのですが・・・」と言うだん吉の訴えも却下された。
それならば、と今度は同じくタレントの「轟二郎」がチャレンジをしたのだが、これまた断られた。「車が3つ付いているのですけど・・・」と言う二郎の抵抗も通らなかった。
<ドラマ版レコード>
ビデオデッキがまだ家庭に普及されていない頃、アニメ映画作品の音声だけをLP版に収録した「ドラマ版」と言う、今考えるととてもショボいLPレコードが発売されていた時代があった。
これと同時にBGM版(劇中の音楽や効果音が収録)もドラマ版に先行する形で発売されていた。
ドラマ版のイタさは相当なものだが、今考えるとBGM版もどうかと思う。
ドラマ版は3,000円超、BGM版は2,000円くらいの販売価格が相場。
原作漫画やそれに見合うシナリオ本的なものを読みながらこれを聴き、実際その動きを想像して作中に感情移入していく、コアなアニメファンならではのアイテムと言え、信じられない事に小学6年生の時の俺は、ドラマ版「さらば宇宙戦艦ヤマト」を「聴いて」本気で涙を流して感動してしまっていた。
思い出したくない恥ずかしくも恐ろしい過去である。
<取り敢えず>
「まず」や「何はなくとも」的な表現で使われる。
今や居酒屋における「取り敢えずビール」と言う文句は笑いもサブさも通り越して普通に使われる様になっている。
「取り敢えず笑っておけ」と言う文句は非常に日本人っぽくて俺は好きだ。
<ドリフの首チョンパ>
中が空洞の軟質プラスティックのボディ部にドリフターズのメンバーそれぞれの顔を模した首をセットし、ギュっと握る事によって内部が圧迫され首が飛び出す、と言う1970年代の玩具。
今では決して商品化なぞ出来ないであろうその構造とネーミング。
テレビCMではドリフターズが揃って「ドリフのドリフの首チョンパ♪」と歌っていた。
恐ろしい時代である。
<トリプルアクセル>
フィギュアスケート競技で3回転半の回転ジャンプをする技。
女子フィギュアの世界では現在でも高度な技とされているが、それを今から20年も前に公式の場(世界選手権)で成功させた伊藤みどりは日本人にとっての誇りである。
彼女は当時「ジャンプの伊藤」と世界から呼ばれていたが、「美しさ」を競うフィギュアスケート界において、美を追求する他の選手を「力」でねじ伏せたパワースケートのパイオニア的存在でもあった。
ただ「ジャンプの伊藤」がジャンプを失敗した時は表彰台も狙えない位置にまで下がってしまっていた辺りが現在の浅田真央とかなり違うのだが、それは「ジャンプ(だけ)の伊藤」だったからなのだろうか。
現在解説者としてメディアに登場する彼女の、現役時代のリンク上とほとんど変わらぬその素敵なメイクからは真実を窺い知る事は出来ない。
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