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長野県南相木村

相木市兵衛の墓

2008年09月24日

常源寺参拝時に車を止めさせてもらった公民館はよく見ると教育委員会や図書館もあったのでここで相木市兵衛の墓の場所を聞いてみました。すると南相木村の史跡などの資料を調べてくれました。その中に常喜の墓碑というものが写真で紹介されていたのでそこの場所を教えてもらいました。また他にも武田氏の関連史跡として紫平というところがあることを教えてくれました。そこは武田信玄が平賀源心を海の口に攻めた時に本陣を構えて紫の幕を張った場所との伝説があるとのことでした。今の季節は山菜泥棒に間違われるので行かないほうがいいだろうとのことでしたので断念しました。
さて、相木市兵衛の墓ですが、正面には常源寺殿脱慶喜公庵主、向って左側には相木能登守相木市兵衛常喜、永禄十夘歳正月八日と刻まれていました。
公民館でコピーして頂いた資料によると、この碑が常喜の墓碑として建てられたものか、何年か後に供養碑として建てられたものか判然としないがいずれにしても相木氏の中でも南相木に居住した主要人物にかかわる碑であって南相木村にとっては重要な建立物であるとのことでした。

 

 
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