| 福与城 |
2004年3月13日 |

|
この城跡は天竜川東岸段丘の緩斜面を利用した中世の平山城である。この城の創設は鎌倉時代と伝えられるが、城主についてはつまびらかでない。天文年代(1532〜1555)になると藤沢頼親が城主として勢力を張ったが、武田晴信(信玄)の伊那攻略にあい、天文14(1545)年に落城し、城は焼失した。 |

|
規模 |
|
本丸周辺は見晴らしが良くて思わず横になって昼寝をしたくなるようなところでした。説明によれば本丸以外にも遺構が多く残っていて思ったより規模が大きな城であることも分かりました。場所は入口に看板があるのですぐに分かると思います。
|