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長野県坂城町

村上義清の墓

2003年09月
22日

この墓所は、第三代坂木代官長谷川安左衛門利次が、名家遺跡の忘失を憂え、戦国の雄村上義清公の墓所建設を思いたち、明暦3(1657)年義清公の玄孫義豊や村上氏の臣出浦氏の子孫、正左衛門清重らにはかり、自ら施主となって出浦氏所有の墓地に、義清公供養のための墓碑「坂木府君正四位少将兼兵部小輔源朝臣村上義清公神位」を寄進によって設立したものである。その後、寛保2(1742)年清重の子清平が玉垣を築き、寛政3(1791)年清平の子清命が、石柱「御墓所村上義清公敬白」を建てた。昭和45年以来諸整備補修が行われ、昭和47年墓碑の上屋と鉄柵が設置された。平成8年には全面的改修となり、現在の諸施設になった。
(看板資料より)

 
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