| 長窪城 |
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2003年06月29日 |
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長窪城跡について |
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長窪城跡の場所はまったく分からなかったので長門町役場に寄って場所を聞きました。当日の日直の方に親切に教えてもらい場所を知ることができました。現地付近に到着してみると一番上の写真の通り城らしいものは見えるのですが入口を発見することができませんでした。資料によれば裏から行かれるとのことだったので国道254号線の方にまわってみたら上の写真のように小さな看板がありました。 信玄が佐久、小県を攻略する際に拠点となった長窪城は今回の重要目的地の一つでした。小説「武田信玄」でも、「信玄は大門峠を越えて長窪城に入った」というシーンは何度も出てきます。思ったより規模は大きくなく時期的にもまだまだ武田軍がそんなに大きな集団ではなかったということでしょうか? |
掘切
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裏の搦手から主郭までの間には北の郭郡といって5つの郭が細長く続いていてそれらは掘切で連続してつながっていました。全体的に細長い形であったようです。 |
主郭からの景色

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主郭から急な坂を下って南の郭、馬屋、大手方面へと道は続いていましたが、足の痛さが限界となり、南の郭群のところまで行ったところで引き返してきました。 |
二の郭

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幅13メートル長さ30メートルに及ぶ長窪城最大の郭である。郭に向かう尾根を幅2メートル深さ2メートルの竪掘が直上する。
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