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山梨県甲府市

入明寺

2001年02月18日

法流山入明寺は、浄土真宗のお寺で本尊は阿弥陀如来、六条有成が浄閑と名乗って甲州に入って開山し、長元寺といったそうである。
永禄十年(1567)10月に信玄の長男である義信が死んだが次郎信親は盲目であったため勝頼が跡を継ぐことになった。信玄が永禄4年に信濃の海野の城を攻め落としたときに次郎信親をこの城の城主として海野次郎信親と名乗っていた。勝頼の代になって武田氏が落ち目になってくると入明寺住職は海野城より信親を寺に迎えてかくまいました。しかし勝頼滅亡の報が届くと信親は入明寺境内にて自害。嫡子信道は無事のがれることができ、その後甲斐に来た家康に保護された。しかし大久保長安事件に巻き込まれて伊豆大島に流されてしまう。信道の墓は伊豆大島にあるらしい。その後子孫は柳沢吉保に保護され現在第15代昌信氏が東京に在住しているという。
ここのおばさんが親切な人でいろいろ教えてくれたが、15代昌信氏の連絡先を紹介してくれたのには驚いた。

信玄の次男である武田信親の墓


お聖道さま

 

 
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