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山梨県甲府市

遠光寺

2005年03月12日

宝塔山遠光寺縁起
当山は甲斐源氏の祖・新羅三郎義光より三代、加賀美次郎遠光公が深く仏法に帰依して、山梨郡小曲村(甲府市小曲町)に一寺を建立し、真言宗感応山遠光寺と称した。建保2(1214)年のことと伝える。一説には建暦元(1211)年3月の創立で、京都建仁寺の開祖・千光国師栄西を開山に請じたが、栄西は老齢であるからと弟子の宗明阿闍梨を遣わし、開山とした。
遠光公は元仁元(1224)年9月19日に逝去し、遠光院殿長本大功深誉大居士と号し、当山に葬廟を建てた。のち、年歴を経て破損したので、安政元(1854)年に遠光公の後裔、奥州森岡城々主南部候が修復したと伝えている。
(パンフレット資料より)

加賀美遠光の墓

遠光寺に加賀美遠光の墓があるという情報を得ていたので今回立ち寄ってみました。墓がたくさんある所に足を踏み入れてみましたがすぐに探すのをあきらめてお寺の人に場所を聞きました。丁寧に場所を教えてくれたのですぐに分かりました。墓域に入ってすぐに右に進み、そのまま真っ直ぐに行った突き当りのところでした。
遠光寺は第二次大戦時の空襲により建物が消失してしまったのでコンクリートの建物になってしまっていますが、ここだけは歴史を感じさせてくれる雰囲気がただよっていました。



2004年08月14日

開基は加賀美遠光、開山は京都臨済宗建仁寺の栄西の弟子である宗明を迎えた。後に宗明は身延山において日蓮と法輪を戦わして敗れ、日蓮宗に改宗して道号を日宗と改めた。
遠光寺は初め甲府市小曲町に建立されたが、後に甲府市蓬沢町に移り、更に武田信玄の時代に現在の地に移された。第二次世界大戦で昭和20年の空襲により建物は焼失し、昭和45年に再建された。

 

 
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