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長野県飯山市

西敬寺

2011年12月29日

奥信濃と呼ぶ地方に浄土真宗の寺が多く残っているのは親鸞聖人が越後に配流され、その後常陸の国におもむく間、この間に奥信濃や善光寺、戸隠を巡歴したことによります。境内には太子堂があり、聖徳太子孝養像が安置されています。この太子像には武田信玄に関する伝説が秘められています。川中島合戦の時、武田信玄が東方から一条の光が差し出ているのを見とどけ、その光が西敬寺の太子堂からものであることを知り、この太子堂に深く帰依しました。その功徳なのか像に残る傷はしばしば信玄の身代わり役を演じたためといわれています。現在でも太子像は熱心な信仰を集め、毎月22日に太子講が営まれています。
さて当寺には信玄伝説を裏付けるような武田信玄直筆自画像、蓮如上人作の親鸞聖人座像、同じく上人直筆の六字名号(南無阿弥陀仏)、一枚起請文、阿弥陀如来の懸仏などがあります。
(いいやま古寺社めぐりより)


年末の忙しい中、お寺のご住職に対応してもらいました。太子堂は残念ながら雪に埋もれており太子堂の中の太子像を見ることはできませんでした。毎月22日に太子堂を明けるとのことなので、雪のない季節の22日に訪れたいと思いました。
また、ここでいいやま古寺社めぐりという本を頂きました。ありがとうございます。

 

 
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