チェンマイ の観光編


 
 

ドイ・ステープ寺院は、チェンマイの市街地から14キロ離れたステープ山(標高約1000メートル)の山頂近くに建立された北タイで最も神聖な寺院。
名前の由来は、その昔この山に"ステーワ"という苦行者が住んでいたことから"ドイ・ステープ寺院"と名付けられた。

このお寺の歴史は、1386年クエーナ王とダイナスティ王の命で建てられた。
お寺を建立するにあたって、クエーナ王が象を歩かせて、場所を指し示させようという提案をした。
象は、おもむろにステープ山に登り、その頂に立った時、金切り声を出し息絶えた。
クエーナ王は、象が死んだその場所に寺院を建てようと決心した。
このお話にちなんで、境内には象の像が祀られている。

 
   
 
 
 

四角い基壇となる建物の上に7つの仏塔が建つという、珍しいかたちをした建造物のある寺院。境内に大きな菩薩の木が植えられていることから
、地元では「ワット・ポータラーム」(菩薩の寺)とも呼ばれています。1456年、ランナー王朝第11代王のティロカラート(1442〜1460年)が
仏教の聖地・インドのブッダガヤを参考につくらせたと伝えられ、完成後、ティロカラート王はインドそしてスリランカに次ぐ第8度の三経編纂会を執り行い、
仏教の伝承につとめようとしました。境内にある大きな仏塔には、ティロカラート王の遺骨が納められています。
 
   
 
 
 

1296年、メンラーイ王によるチェンマイ創都の時に建てられた寺院で、かつては王の宮殿として利用されていました。本堂にはソンクラーン祭りに登場する
大理石の仏像「プラ・シーラー・カオ」と水晶の像「プラ・セータン・カマニイー」を安置。基部を15頭の象に支えられた仏塔も見応えがあります。
 
   
 
 
 

1391年、メンラーイ王朝第7代セーンムアンマー王(1383〜1402年)が亡くなった父を偲んで建立したと伝えられる、チェンマイで最も大きな(ルアン)仏塔(チェディ)のある寺院。
仏塔は、創建当時で高さ約80メートル、四角いかたちをした基壇の一辺も約60メートルと巨大なもので、チェンマイ市の真ん中にそびえ立っていました。
当時の王は仏教の宇宙観に従って、都の真ん中に須弥山(しゅみせん)に擬えた大きな仏塔を置き、それを囲うように8つの方向にもひとつずつ寺院を建立すると、
王朝の繁栄がもたらされると信じていたとか。現在の仏塔は1545年の大地震で先が壊れ、後に文化庁が現在のかたちに修復しました。入り口付近に建つ本堂は、
ランナー様式の仏像が数多く祀られています。境内には、他にもさまざまな建物があり、年中観光客で賑わっています。
 
 
   
 
 
 


チェンマイ市内で最も大きい寺院。ランナー王朝第5代パユ王(1336〜1355年)によって建立され、リーチェンプラ寺院と呼ばれていましたが、
後に第7代王のセーンムアンマーがチェンライからプラシン仏像を迎え入れてからは、プラシン寺院として市民の間で親しまれるようになりました。
幅31インチ、高さ51インチのこの仏像は現在、奥にある「ウィハーン・ラーイカム」というこぢんまりとした礼拝堂内に祀られています。
お堂の壁には色とりどりの壁画が施され、見どころのひとつとなっています。

 
 
   
 
 
 

1383年に建立された寺院で、本堂の中に納められた青銅の仏像は、500年を経た現在でも国内で1、2位の大きさを争うと言われています。
また、境内に点在する歴代の王の遺灰を納める白い仏塔も有名。
 
 
   
 
 

ステープ地区の古刹、うっそうと茂った木々に囲まれたウモーン寺院。ランナー王朝の初代メンラーイ王がチェンマイに都をつくった際に、
スリランカから招いた僧侶が修行できるようにと、11か所の竹林を寄進しスリランカ様式に則って建てたものです。その後、僧侶が瞑想修行できるようにと
アナータムミカラート王(1367〜1387年)が4つの入り口を持つトンネルを掘らせました。以降、寺院は「ウモーン(トンネル)」の寺と呼ばれるようになり、
現在は隣接する4つの寺院を合併して「スアン・プッタタム」という修行センターとして発展