ひとりぼっちの花



そよぐ風に花びらをひらひらさせて
光を浴びてくちびるをきらきら輝かせて
恋人を待っている花がありました

花は飛びぬけて美しいわけでも
無邪気で可愛らしいわけでも
壊れそうなほど儚げなわけでも
ありませんでした

花は他のどの花とも似ていましたが
どの花とも少し違いました

辺りで咲き乱れる花たちは
時には淑女のように
時には娼婦のように
殿方を誘い
次々とお嫁へ行ってしまいました

とうとう花は
ひとりぼっちになってしまいました

それでも、鳥は花のために
世界中の冒険談をオペラにして歌い
蝶は芳しい香りの中でワルツを踊り
太陽も月も 花の様子を気にしながら
優しく包み込んでくれるのでした

花はみんなといれば楽しくて幸せでした
けれど、心のどこかがぽっかりと空いているのを感じていました
その風穴から聞こえてくるのは
ひとりぼっちの花をあざ笑う
世間の中傷というやつです

そんなある日
花のもとへひとりの紳士がやってきました
「あなたは、飛びぬけて美しいわけでも
無邪気で可愛らしいわけでも
壊れそうなほど儚げなわけでもないけれど
とても魅力的だ」
花は褒められたのかけなされたのかわからずに
困惑してしまいました
「私の魅力はなんですの?」
「それは、あなたが何ものでもないということです
けれど、それがまぎれもないあなたなのです」
花の頭の中は???でいっぱいになってしまいました
音楽や歌や踊りは好きですが、難しい話は苦手です

「よくわかりませんわ」
花は顎をつんとあげて言いました
「そうですか。
あなたに口ずけていいですか?」
紳士はとつぜん唇を突き出して近づいてくるのでした
紳士にあるまじき行為です
花は馬鹿にされているのだと思い、
花びらを真っ赤にして怒りをあらわにしました
「刺しますよ」
冷やかな声で言いました
そしてギロギロと固く尖った棘を葉影から覗かせました
「刺されてもいい覚悟がおありなら、
またいらっしゃって下さい
その時には私の唇をさしあげますわ」

その真剣な眼差しにたじろいだ紳士は、
深くお辞儀をして引き下がりました

その夜、花はひとりしくしくと泣きました
どうして私はいつもこうなのか・・
花は一目で紳士のことを気に入ったのですが、
人を小ばかにしたような態度に傷ついてしまったのです
「それにしても、刺しますなんて、
三面記事の刃傷沙汰でもあるまいし下品なことを言ってしまったわ
きっともうあの人は来ないでしょうね」
そう自分に諦めるよう言い聞かせてはまた泣くのでした

何事もなかったように月日は流れ
花はすっかり年老いてしまいました
年老いた鳥は昔取った杵柄を紙芝居にして何度も歌い
年老いた蝶はタンポポの綿毛でゲートボールを楽しみ
太陽と月は花を気にして
前よりもいっそう優しい光で見守ってくれるのでした

花は穏やかな毎日を楽しんでいましたが
それはどこか諦めにも似た寂しさを含んでいました

そんなある日
ひとりのよぼよぼの紳士が花の前にやってきました
「刺されてもかまいません。やっと覚悟が決まりました
どうぞ僕にあなたの唇をください」
そう言って唇を突き出して近づいてくるのでした
花はその老人がずっと昔に
自分が最初で最後に恋をした紳士だと気づきました
「もう、ずいぶんと長い年月が経ってしまいました
あなたも私も老い先短い人生でしょう
この唇でよかったらいつでもさしあげますよ」
そう言って花は花びらを艶やかに広げ
少女のように唇をすぼめました
鳥はハープのような美声で賛歌を歌い
蝶たちはお互いの羽根をつなげて長いリボンを作りました
それはそれは美しい光景でした

花と紳士はかたく抱き合い
長い年月を経て約束の口づけをかわしました
それは永遠へと続く口づけでした

紳士の死をも厭わない愛情に
花の棘は溶けて朝露となり
大地へ染み込んで行きました