涙入りのケーキ



 ビルが立ち並ぶ、赤や青のネオンが綺麗な街に、とても男好きの女の子が住んでいました。
背の高い人を見ては、素敵!お金持ちの人を見ては、あら素敵!と、いつもすぐに好きになってしまうのです。女の子は、美人ではありませんでしたが、大きな目と真っ白な肌の持ち主で、男の人はすぐに参ってしまうようでした。
 ある日、女の子がいつものように、大きな胸を揺らして街を歩いていると、これまたとても女好きの男の子が声をかけてきました。男の子は、美少年ではありませんでしたが、伏目がちな目には少し影があって、遊ぶのには不自由しませんでした。
 「すいません、ちょっといいですか?」
 「はい、」
 女の子は、一応訝しげなポーズで、男の子を見上げます。どの程度の人なのか、品定めをしているのです。
 「この近くに美味しいケーキ屋があるんですけど、ちょっとお話しませんか?」
 今時、ケーキに吊られて付いて行く女の子もいないと思いますが、そこは、とても男好きの女の子ととても女好きの男の子のすることです。普通の人の理解出来る範囲ではありません。
 女の子は、男の子の気の弱い子犬のような瞳を気に入りました。
 男の子は、女の子の熟れた桃のようにたわわな胸を気に入りました。
 二人には、それで充分でした。

 とても男好きの女の子と、とても女好きの男の子は、ケーキ屋さんの代わりにラブホテルへ行きました。そこで、ケーキより甘いものをたくさん食べ合いました。
 そして、2時間後、何事もなかったかのようにさよならをしたのでした。

 その次の日から、女の子の体に異変が起こりました。いくら、素敵なはずの男の人を見ても、ちっともドキドキしないのです。珍しく食欲も元気もなく、家へ帰り寝こんでしまいました。
 (何かの悪い病気だわ。)
 女の子は思いました。でも、どうすることも出来ません。ただ、もう一度あの男の子に会いたくて会いたくて仕方がありませんでした。でも、会うのが恐くて恐くて仕方がありませんでした。
 (私は、とても男好きの女の子、こんなことではダメだわ。早く病気を治して、またたくさんの人と遊ばなくっちゃ。)
 女の子はそう自分に言い聞かせました。

 そうこうしているうちに、女の子はどんどん痩せて行きました。病気は悪くなるばかりでした。男好きでなくなった代わりに、お腹も空かなくなり、ほとんど何も食べなくなってしまったのでした。ただただ、うめくように男の子のことを呼ぶばかりでした。
 (こんな病気を移した男の子に会って、この病気を治してもらわなければ、私は死んでしまうかもしれない。)
 そう思って女の子は男の子と出会った場所へ行ってみました。
 とても女好きの男の子は相変わらずネオンの下でウロウロしていました。女の子は、男の子の方へ近づいて行きました。
 「あなたに変な病気を移されたの!どうしてくれるの?」
 女の子は叫びました。
 「何の事かさっぱりわからない。君なんて知りません。」
 男の子は、心から迷惑そうに冷たく言いました。本当に女の子のことが誰だかわからなかったのです。女の子はすっかり痩せて、胸も小さくなってしまい、肌だって黒ずんでいましたから。
 女の子は、ワーと泣き出してしまいました。
男の子は、女の子を気の毒に思って、近くの美味しいケーキ屋さんへ連れて行きました。
 「何があったんですか?何処が悪いんですか?」
 男の子は、優しく女の子を慰めました。そこは、女好きですから、基本的には優しいのでしょう。
女の子は、その顔を見ながら思いました。
 (私は、この人にずっと恋をしていたんだわ!これが恋と言うものなのね!)
 そのことに気付いたら、過去の男好きだった頃の方が、病気だったのだとわかりました。
 「ありがとう。あなたは私の病気を治してくれたわ。」
 女の子は、涙を一粒ケーキにたらして、そう言いました。
 とても男好きだった女の子は、一人の恋する女の子になっていました。
 一人の恋する女の子は、涙入りのケーキをひとくち口に入れました。
 それを見ていた男の子の胸は、キュウ〜と痛くなりました。
 「今度は僕が可笑しな病気になったようです。」
 男の子は言いました。