リスの悩み



「ねえ、リス」
「なーに? アジサイ」
「リスはいつもボーとしてるのね。悩みなんてないんでしょうね。」
リスは、バカにされたような気がして少しムカッときました。
「そんなことないよ、ぼくだって悩みぐらいあるさ!」
「あらそー、じゃあなーに?」
「それは、え〜と、」
しまった、とリスは思いました。悩みが見つからなかったからです。
手のひらをこすり合わせて、モジモジしています。
「え〜と、え〜と、」
アジサイは、美しい花びらを何枚か左右に揺らして、
「もう、いいわ。やっぱりないんじゃない。」
と、言ったかと思うと、向こうを向いて寝てしまいました。
朝露にぬれて、ほんのりピンク色にお化粧したアジサイはとってもキレイで、
リスはなんだか悲しくなってきました。
僕って、いったい・・。
そうです。今始めてリスは悩んでいました。
悩みがないということを・・。
これが悩むということだと、少し間の抜けたリスは気づきませんでした。

リスはそれから、悩みを探す旅に出ました。
森を自由にちょこちょこと走り回り、木に登り木の実をこそっと食べるのを一番の楽しみにしていたはずのリスが、肩を落としてトボトボと歩いています。
「悩みは何処にあるんだろう? 悩みっていったいなんだろう?」
ぶつぶつ言いながら下を見て歩き続けます。
日も暮れかけ森がオレンジに染まる頃、木にぶらさがって遊んでいたサルがリスを見つけました。
「おーい、リス、」
リスは、悲しそうに上を見上げます。遠くからでもわかるくらい、リスはやつれていました。
サルは何事かとびっくりして、シュルシュルっと木から滑り降りました。
「いったい、どうしたんだい?リス」
「僕は、僕は・・」
「どうしたんだよ、悩みがあるなら言ってごらんよ!」
「え、悩み?」
「深刻そうなリスなんて始めてだ。何か悩みがあるんだろう?」
「そうじゃなくて、僕は悩みが・・、それで、それで・・」
訳がわからなくなってきたリスは、両手で顔を隠しました。
サルは、訳のわからないリスを見て、これはただ事ではないなと思いました。
「ねえ、サル」
「なんだい?リス」
「サルは悩みがあるかい?」
「悩み、そりゃーたくさんあるよ。」
サルは、リスを慰めるためには自分も悩みがあったほうがいいと思いそう言いました。
「どんな悩みか教えてよ。」
「それは、え〜と、」
しまった、とサルは思いました。悩みが見つからなかったからです。
リスはすがるような目で見てくるし、これは困ったと思いました。
サルのしわしわの額には、汗が浮かんでいます。
「え〜と、え〜と、」
「もう、いいよ。教えてくれないなら!」
そう言って、リスは振り返りもせず歩きだしました。
残されたサルは途方に暮れました。

リスは、さっきのサルとの会話を、一字一句思い出していました。
サルはリスに「悩みがあるんだろう?」と言っていました。
(そうか、僕は悩んでるんだ!悩みがないことを悩んでるんだ!)
リスは悩みが見つかったことが嬉しくて、ぴょんと飛び跳ねると宙返りをしました。
いつもの陽気なリスにすっかり戻っていました。
もう悩みがなくなったということを、少し間の抜けたリスは気づいてはいませんでした。

その頃サルは、リスに悪い事をしたと思い心を痛めていました。
リスは僕の悩みを聞けば元気になるだろうと、勝手に思いこみました。
そしてサルは、悩みを探す旅に出ました。

リスとサル、この二人が同じ悩みで旅したことに気づくのは、
いつのことになるのでしょう?