しずく



ある朝、空から雨だれが降ちてきました。

たくさんの朝露の中、

たったひとつキラリと光る雫を

一枚の葉が受け止めました。



雫は葉の上で、きもち良さそうにクルクル回りました。

葉は雫を乗せて、心地よさそうにユラユラ揺れました。



雫は言いました。

不思議、あなたの上にいるとなんでこんなに気持ちがいいのかしら?

葉は言いました。

本当だ、君の下にいるとなんでこんなに心地がいいんだろう?



そこは、風が優しく通り過ぎ、雲が時折怒ったように唸る

これといってなんの変哲もない静かな森でした。

けれど、葉は雫と出会ってからというもの、

他の木々も鳥も見慣れた空も、雫のようにキラキラと輝いて見えました。

体の中に元気の種が植え付けられたように、

葉の中から葉が生まれて来るような力強さを感じていました。

邪悪な虫や危険な突風がきたときでさえ、

雫を守ろうとたくましく振舞うことが出来ました。



雫はそんな葉を頼りにして甘えていました。

葉が私を守ってくれる!

だから私はくるくる小鳥の鳴き声に合わせて踊ったり、

そよ風に挨拶をしたり、花の香りにうっとりと昼寝をすることだって出来る。

感謝してるわ!

もし葉がいなかったら、私は今ごろ海の藻屑、いや地上に染み込まれて跡形もなかっ
たはずだもの。

雫は地へ落ちることに怯えていました。

そこは新しい世界へ繋がる扉かもしれませんが、

真っ暗でなにもない死を意味する場所だと思いこんでいたからです。



あなたに掬って頂いて、私は本当に救われたわ。

雫は言いました。

僕のほうこそ、君と出会うことが出来て本当に幸せさ。

葉は言いました。



葉は雫の奔放で可愛らしいところにひかれていましたし、

雫は葉の堅実でしっかりしたところに男らしさを感じていました。

葉は時々雫に手を焼いてはいたものの、

上手い具合に手のひらで、いや葉のうえで転がして

雫を飼いならしていました。

いつの時代も女というのは、男に転がされるのが好きなものです。





そんな穏やかで幸せな日々がチクタクと過ぎて行きました。

いつしか季節は春から夏へ夏から秋へ秋から冬へと移り変わろうとしていました。



最近、葉は元気がありません。

あんなに漲っていた力がしゅるしゅると抜けて行きます。

そして、葉の色が少しずつ黄色くなりやせ細ってきました。

あたりを見渡すと、真っ赤になり地面へ落ちて行く葉もたくさんあります。

黒く堅そうだった地面は赤や黄色のカラフルな絨毯へと模様替えをすませました。



葉は知っていました。

雫とお別れの日が近づいていることを。

雫は知っていました。

葉とお別れの日が近づいていることを。



「ごめんね、僕はもうすぐ幹から栄養が届かなくなって、

ますます黄色くなって、君がくるくる踊るのを支えてあげることも

君が嬉しそうに風にお辞儀をするのを見守ることも、

僕の揺りかごで眠らせてあげることもできなくなってしまう」

葉はなくなく雫に言いました。



雫はじっと自分の体を葉に横たえぴったりくっつきました。

葉は優しくしっかりと雫を受け止めました。

好きってさわっていたいってことなんだ・・

ふたりは思いました。



その時、雫はどくどくと胸をたたく葉脈を聞きました。

命の音です。

雫は葉のためになにかしたいと思いました。



葉が気を許したすきに、

雫はスーと体を離し、地面へとダイブしました。

さよならをいう暇もないくらい

それは一瞬のできごとでした。



それから、葉は雫のことを、

雫は葉のことを、

知る術はありませんでした。



ただ 思いだすのでした。

雨だれがおちるだびに葉は雫のことを、

風が吹くたびに雫は葉のことを、

どうか幸せでいてくださいと祈るのでした。