雪だるまと私



 ある朝女の子が外へ出てみると、あたり一面真っ白に覆われていました。空からは、綿あめみたいにふわふわした雪が舞い降りてきます。女の子は嬉しくて、まだ誰も足跡をつけてないきれいな雪の上で飛び回りました。まるで、自分もあの空から舞い降りてくる雪になった気分です。

 女の子には、風邪を引くからとセーターを着せてくれるお母さんも、一緒にそりで遊んでくれるお父さんもいません。一人ぼっちにも慣れっこで、寂しいとは思いませんでした。女の子の家にはたくさんの絵本があって、それが彼女の友達でした。ある時女の子は、雪だるまの絵を見ました。大きくて、かっこよくて、とても優しそうに見えました。そしてずっと待っていたのです。雪が降ることを・・ とうとうその日がやってきました。

 まずは、家に帰って一番暖かそうな帽子をかぶり、たったひとつの赤い手袋をつけました。そしてまた、すっ飛んで外へ出て、雪を集め始めました。小さな手では、ほんの少しずつしか集められませんが、そんなことは気にする様子もなく楽しそうに雪をかき集めます。手袋が氷よりも冷たくなったころ、やっと大きくなった雪の山を力強く押し付けて丸く固めます。そして後は転がせばいいのです。絵本で見たとおりに両手をリズミカルに動かして丸い雪のボールを転がしていきます。家の周りを一周したころには、女の子のお尻ぐらいまでの大きな雪だるまの体が出来あがっていました。女の子はそれを家の正面にたっている、背の高い木の隣まで押していきました。女の子はその木が大好きで、暖かい日には幹に寄りかかってお昼寝をしました。大好きな木の隣の特等席を、雪だるまに譲ることにしました。だって雪だるまは初めての友達なのですから!

 「さあ、頭を作ってあげなくちゃ」女の子はさっきと同じようにして作っていきました。でも今度はあまり大きくならないように家から木の間を2回ほど行ったり来たりしました。それでも女の子の両腕で丸を作るくらいの大きさです。さっきの体の上に載せるのは一苦労。「いち、にの、さん」掛け声をかけて、一気に持ち上げます。ほとんど前が見えません。りんごのように顔を真っ赤にして、なんとか頭を置くことが出来ました。
 女の子は嬉しくて、雪だるまの周りをくるくる回りました。そして口があったらこの辺、というところにくちづけをしました。世界中で一番冷たいキスでした。

 松ぼっくりの目と木の枝の鼻とイチゴの口を手に入れて誕生した雪だるまは、とってもかわいくて、頼もしくて、女の子の大事な大事な友達になりました。目が覚めればおはようを言いに会いに行き、一緒にご飯を食べ、本を読むときも絵を書くときもずっと一緒でした。

 女の子はよく雪だるまにお話を聞かせてあげました。空想の中で女の子は、お姫様だったりウサギだったり魔法使いだったりしました。
 お姫様になった女の子は、雪だるまにダイヤの王冠をかぶせてあげました。お姫様は可愛いドレスを着て隣りにおしとやかに座りました。
 ウサギになった女の子は、雪だるまのために粘土を固めて靴を作ってあげました。それをつけた雪だるまは歩けるようになりました。ピョンピョン跳ねるウサギと、ソロソロ進む雪だるまは、世界の何処まででも歩いて行けそうでした。
 魔法使いになった女の子は、雪だるまに赤いマントを着せて空飛ぶ雪だるまにしてあげました。ほうきに乗った魔法使いと、空飛ぶ雪だるまは、オーロラを見に北極へ向かいました。そして、旅の途中見つけた泣き虫の子供達に、笑顔と勇気をプレゼントしました。
 お話の中では何にだってなれたし、どんな夢だって叶いました。永遠に終わることのないお話を、雪だるまは隣でじっと聞いていました。

 寝ボスケだった女の子が、早起きになってどのくらいたったでしょうか。ある朝、女の子がいつも通り雪だるまにおはようを言いに行くと、雪だるまの様子がおかしいのです。かぶせてあげた帽子は下に落ち、目も横を向いているし、体も頭も心なしか小さくなった気がします。女の子は心配そうに近寄り、雪だるまを覗きこみます。そして顔を整えてあげました。
 女の子がいつもより強い陽射しを感じて空を見上げると、そこには大きな太陽がゆらゆらと輝いていました。あっ、女の子の声にならない声が漏れます。春が来たんだ、そしたら雪だるまはどうなるの? 不安で不安でしかたがありません。離れるなんて考えられないのですから。泣きそうになりながら、苦しくて破裂しそうな胸を押さえて、ミノムシのようにうずくまってしまいました。でも、雪だるまの隣にいることは忘れませんでした。
 「どうかお願い、春なんて永遠に来ないで。雪を降らせてください。」女の子は誰にお願いしていいかわからないまま、何度もお祈りを繰り返しました。

 それから何日か過ぎ、太陽は元気を増すばかり。周りを見渡しても白い世界が少しずつパステルに色づいて行くのがわかります。雪だるまは、小さくなるばかり。女の子は元気がなくなって行く一方です。女の子は雪だるまに話しかけます。何処か遠い寒い国に行きましょう。二人でずっといられるところ。雪だるまは、何も答えずうなだれています。暑さにまいっているのでしょう。女の子は悲しくなって、また泣いてしまいます。前のように、歌ったり踊ったりお話をしたりはしません。ご飯も食べず、ただ雪だるまの隣りで、寄り添うように眠っているか泣いているかです。これには雪だるまも困ってしまいます。

 女の子が眠っているのを見て、雪だるまはそっと夢の中に忍び込みました。そして女の子にこう言いました。大丈夫、君と僕はずっと一緒だよ。だからもう泣かないで、いつものように笑っていてよ。女の子はそれを聞いてニコッと笑いました。

 次の日から、女の子は元気を取り戻したようでした。二人の好きなお話をたくさんして、二人の好きな歌を歌いました。遠い寒い国に行くことが出来ないなら、ここで笑っていたいと思いました。雪だるまが小さくなっても、女の子の大好きな雪だるまには変わりありませんでした。
 そして、もう、森が冬を忘れたように色めき出したある朝、雪だるまは女の子の手のひらに乗るくらい小さくなってしまいました。女の子は手のひらにそっと雪だるまをのせました。そしてさよならのキスをしました。世界中で一番暖かなキスでした。