失恋について



 失恋について、真っ直ぐに何かを書いてみようと思った。
傷は再生される。そして私も癒された。
今まで幾たびか恋愛を経験してわかったこと。
それは、人の気持ちはとても弱く、迷い見失いやすいということ。
好きな気持ちでさえ、忘れてしまう。
大切にされた記憶さえ、曖昧になってしまう。
自分の本当に欲しいものでさえ、わからなくなってしまう。

 恋を失うのはとても悲しいけれど、当たり前のことのような気もする。
私の愛した男が他の女性に惹かれ去って行っても、
私が愛した男より他の新しい男性に惹かれ去って行っても、
やっぱり仕方がないことだと思う。

 何かを手に入れるためには、何かを捨てなければならない。
捨てられるのも捨てるのもしんどいけれど、
未来は続き、人間も溢れているのだから、次の恋愛に進めばいい。

 私の恋愛経験は多いようでとても少なく、
今までに本当に好きだったと思える男は一人か二人しかいない。
そして、その人のことは今でも好きだ。
失恋した時は、どうして?なんで?ばかりを繰り返し、
幸せだった時を思い出し、悔しくて悲しくて、お約束通りのた打ち回っていた。
そして、私は悲劇の主人公に浸る趣味はないので、
取りあえず現実逃避に走る。
適当に遊び、適当にお酒を飲み、適当に気を紛らわす。
下らないことだとしても、家で摂食障害に陥りながら、醜くなっていくよりはいい。
恨み辛みを呟きながら、眠れない夜をやり過ごすよりはいい。
たとえどんなに現実逃避をしようが、苦しさは必ず胸を締め付ける。
けれど、一人より誰かといた方が、和らぐこともある。

 結局、男で受けた傷は男で癒すしかない。
女で受けた傷も女で癒すしかない。

 時間が痛みを和らげるのは事実だ。
好きな感情や愛情が生き続けることもある。
でも、確実に傷は塞がる。ドクドクと流れていた血は止まり、
引っ掻いては傷つけていたかさぶたも、いつしか普通の皮膚に戻る。

 その時に残るものは?
優しい諦めと、切ない思い出だろう。
もう二度と戻ってこない、二人だけの幸せな記憶。
海辺に書いた絵文字が波に流された後にように、跡形もなく消えてはしまったけれど、
胸の奥深くで砂の粒は小さく輝き続ける。

 感情や幸せは映画の一齣一齣みたいに、一瞬なんだと思う。
永遠を願う気持ちがあっても、それは永遠じゃない。
一齣一齣を胸に刻んで、一つの愛を抱いて生きて行くか、
一齣一齣をお互いに温めながら、一つの愛を貫こうと努力するか、
どちらにしても、生易しいものじゃないだろう。
「ずっと愛してる。」「死ぬまで幸せにする。」
そう言って微笑みあった瞬間の真実は消えない。
けれど、言葉は契約じゃない。風のように通り過ぎて行くもの。
熱い風、温かな風、穏やかな風、涼やかな風、
どれもが抱きしめたいほど愛しく、愛しいほど掴めない。
体なら掴めるのに、感情は掴めない。
だから、貴重なのかもしれないけれど・・

 忘れられない失恋の一つや二つ、長く生きていれば誰にだってあるだろう。
その人が、その恋が与えてくれたことは掛け替えがない。
たとえ、痛くて目を伏せたい思い出でさえも。

 人は懲りない生き物だ。
何度でも信じようとする。何度でも叶えようとする。
自分の愛を、人の愛を、信じて寄り添い合い生きて行こうとする。
失恋してもまた恋をするのは、どこかでわかっているからかもしれない。
二人結ばれた時の幸福感、曇もなく相手を好きだと思える時の充足感、
その人のために何かをしてあげたいと思う時に湧き上がる強さ。
たとえ、この恋がどんなに辛い終焉を迎えようとも、
幸福な日々の輝きを脅かすことは出来ないということを。

 恋は終わるもの。誰のせいでもなく。
憎しみはいらない。後悔も必要ない。
終わってしまったものは、終わったものとして、
そのまま受け止めるだけ。

 人は強くなって行く。
悲しいくらい強くなって行く。
もう何も恐くない。
もう一度、誰かを信じたい。
自分全部で向かい合って、ダメならダメで仕方がない。
一途に愛さなければ、恋をする意味なんてない。

 全く違う二匹の動物が抱き合ったり殴り合ったりしながら、
手を放さずに行き着く先を見てみよう。

 私が永遠に目を閉じる時、あなたが乾いた唇に口付けてくれることを願いながら。