自閉症の原因を探る

(Nature2001;411(21):882-884)

 小児発達のサークルでは、そのことは新しい伝染病のように知られている。不安な両親はしゃべらない子供を連れてクリニックに殺到する。その子供は皮膚に衣服が触れると金切り声をあげ、周囲の世界から閉じこもっている。診断は自閉症である。
 1970年代中期、自閉症はまれな状態としてみられており、人口10000人に2から4人程度と考えられていた。しかし最近の検討では、その数は増加し、平均で140%にまで増加した。ほとんどの自閉症研究者は、自閉症の定義・診断方法の変化が、登録患者数の増加に関係していると考えている。しかし、そのことは、自閉症児を持つ両親にとって少しも慰みにならない。自閉症をもつ両親が知りたいと願っているのは、子供たちの心の中に何が起こっているのかそして自閉症治療にあらゆることがなされるのかである。
 現在、これらの疑問が答えられるだろうという希望が以前にも増して高くなってきている。新しい技術のおかげで自閉症の脳機能への理解が深まり、分子生物学に進歩は自閉症遺伝子を明らかにすると考えられる。その一方で、教育者や治療者は、早期に異常がとらえられれば、30年前なら施設入所していたような子供たちが両親の元で暮らし、普通学校に登校できることを理解しつつある。

異常行動(unusual behavior)
 自閉症はある意味で逆説的な異常である。自閉症例のおよそ3/4は知的発達遅滞を有するが、少数ではあるが素晴らしい数学的あるいは芸術的能力をもっている。痛みに対して鈍感であったり自傷傾向もつ人がいたり、触覚に過敏な人もいる。軽度の自閉症例には高い言語能力を持つ人がいたり、重度な例では全く会話ができない人もいる。
 これらの背景に存在する行動上の問題は、社会的相互関係やコミュニケーションの問題や特定の事象に対する強迫的な興味を持つ傾向などがある。自閉症の初めの2つの特徴は非常に若年期にみられうるものである。自閉症の乳児期には、正常児が物体よりも顔を注目するという生来の特質が欠如している。自閉症児では表情の微妙な意味理解、これは対人関係に不可欠な要素であるが、そのために必要なスキルの獲得が困難である。成長するに従い、自閉症児はあたかも世界から切り離されたかのごとく振る舞うようになる。脳の画像をみている研究者は、自閉症児では物体をみるときに使われる脳の部分が、表情を見るときにも使われていることを発見した。ほとんどの人間は、表情を見るとき他の特異的な脳の領域を用いているのである。
 それに加えて、自閉症児では他人が知っているかもしれないことを推測するあるいは他人が言うことや行うことを学習によって推し量ることができないようである。サリーとアンの課題は精神科医によって行われ、この障害が注目された。ひとつの例をしめす。サリーとアンは一緒に遊んでいた。サリーはビー玉をカゴのなかに隠して部屋を立ち去る。アンはビー玉をカゴから箱へ移す。ほとんどの自閉症児はサリーが戻ってきたとき、サリーが箱の中を探すであろうと考える。なぜなら自閉症児は、サリーの状況を正しく理解することができないのである。正常児では、『心の理論』をもっているのでサリーの行動を予想することができる。『心の理論』とは通常4歳までに発達するものである。しかし、自閉症児ではこのような理解の発達が起こらない。
 自閉症例では、全体的なことよりも細部に注目する傾向がある。このような子どもでは形よりも道具の色に注目することがあり、そのことでスプーンとフォークの違いを理解できない子どももいる。この細部に対する愛着は、非常に少数例ではあるものの、傑出した才能を生み出すこともある。Stephen Wiltshireは、自閉症をもつイギリスの芸術家で、複雑な建築物の細部を美しく描くことができることで有名である。
 自閉症に関連した症状の認識により、精神科医は自閉症の定義を変化させてきた。古典的な自閉症は1950年代に初めに定義されており、現在では自閉症スペクトラムの一部として考えられている。知的異常の診断マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder:DSM)は、アメリカ精神医学協会で発行されているものであるが、それでは5つの異常を記載している。そのひとつがアスペルガー症候群で、行動上の自閉症スペクトラムのひとつとされている。アスペルガー症候群の人は典型的には、自閉症でもみられる多くの社会的障害をもっているが、言語や認知上のスキルにはほとんど障害がない。
 これらの診断上の変化は、自閉症の報告例が増加したことに起因するかもしれない。日本やアメリカ、イギリス、スカンジナビア地方からの研究では、この45年間で患者の数が増加していることが示されている。
 しかし自閉症の定義の変化によることが、その数を変化させたわけではないようである。最初の疫学研究は1960年代と1970年代に行われているが、軽症例を除外しておりきわめて限られた自閉症のみを対象としている。最も初期の定義では、自閉症児でもみられる知的発達遅滞児は除外されている。ロンドンの精神科医であるMichael Rutterは「自閉症診断基準が広げられたことが、その(自閉症例の増加)原因ではないのであれば、これは非常に驚くべき事実である」と語っている。
 自閉症が一般に理解されてきたこともまたが自閉症の増加に寄与しているようである。両親や医師が自閉症のことをよく理解してくるにつれ、自閉症の可能性のある子どもを見つけ出し精神科医に紹介する機会が増加している。保育学校では学童期よりもさらに注意が払われ、子どもの社会的障害が他の子どもの行動と比べ目立つために、保育学校への入学の増加が何らかの役割を果たしているのかもしれない。

増加している知見
 登録患者数の増加を背景とした自閉症の診断や一般的な認識の変化が世論を大きくし、それが公的機関が行っているワクチンに対する影響に変化を与えている。1998年にロンドン大学の消化器医であるAndrew Wakefieldは、全く新しいしかもぞっとさせるような自閉症と麻疹・おたふく・風疹(MMR)ワクチンとの関連を紹介した。彼は15〜18カ月の間にMMRワクチンを受けるまでに正常に発育していた12人の小児を報告した。ワクチン接種後すぐに、子供たちはある種の炎症性腸炎にかかり、基本的な会話や社会的スキルを失い、その後自閉症と診断された。
 その説は、すぐに自閉症の親やマスコミに伝わった。のちに自閉症と診断された子どもの半数は、MMRワクチンを接種した前後に突然症状が進行するようである。これらの子供たちは、その後の6カ月の間に悪化し、獲得し始めた社会的スキルを失ってしまう。ワクチンが最初に広く使われたのは1980年代で、そのときが自閉症の例数が増加し始めたという事実は、その問題が信憑性のあるものとして考えられた。
 その後の研究でMMRと自閉症の間に関連は見いだされなかった。Rutterは、その後の世界のさまざまな場所での解析から、実際の自閉症の増加はMMRワクチン開始前から始まっていると報告している。
 しかしMMRワクチンの説が無くなったとしても、それ以外のワクチンが自閉症の原因として注目されていた。多くのワクチンは、チオマーサルと呼ばれる水銀を含有している。ワクチンが子どもにとって危険なレベルの水銀を暴露させるという恐れから、アメリカでは接種翌月に会議を開き、チオマーサルと自閉症の関連性について検討した。多くの研究者達はチオマーサルが自閉症の原因となる可能性は消えるであろうと考えていたが、他のワクチンへの恐れを打ち消したいと願っていた。
 ワクチンへの安全性への疑問がのこっていたにも関わらず、多くの研究者は自閉症を理解するためには遺伝子の解明が本質的に重要と信じていた。双子の研究が自閉症と遺伝子との関連に最も信頼できる証拠を与えている。ある研究では、一卵性双生児では一方が自閉症であるとき、もう一方の60%が自閉症となる可能性があり、92%が何らかの自閉症関連異常を有することが明らかとなった。2卵性双生児では、一方が自閉症となる確率は10%に落ちる。この研究では、2卵性双生児の両方とも自閉症である例はなかった。
 自閉症の遺伝性やそれに関連した広範な症状の研究から、3個から10個遺伝子が関連しているようである。いくつかの遺伝子群の変異が閾値を超えた場合に典型的自閉症となり、それより少ない変異が社会的に引きこもりや言語の獲得の遅れを引き起こすのかもしれないと指摘する研究者もいる。
 自閉症遺伝子研究には、いくつか解明されたことがある。第7および第15染色体の異常と自閉症の関連性がわかっている。多くの研究者はここ5年以内に少なくとも1つの自閉症関連遺伝子が同定されると確信している。
 しかし、一卵性双生児の全例が自閉症とはならないという事実から、環境因子もまた関与しているかもしれないと考えられている。たとえば、一つ以上の自閉症遺伝子の変異によって乳児初期あるいは胎生期に偶然加えられる未知の環境因子に対して脆弱となるのかもしれない。
 他の研究者は、出生前に発達するようなもので自閉症と関連する生理学的な変化について研究している。自閉症例の脳の解剖所見では、受精後30週前後までに発達する部位に異常が見いだされている。特に、脳内の辺縁系といわれる部位は感情や積極性、感覚入力、学習に関係しており、その部位に発達障害が認められる。
 技術的に新しくない分野でも、自閉症に関連する可能性のある発達上の問題が指摘されている。自閉症児では、人さし指に比べくすり指が同等かより長いことが知られており、自閉症児の家族も同様の傾向を有している。これは、胎生期のテストステロンが高レベルであったことと関連している。
 この所見は、自閉症児の脳が極端に男性化しているとの説を裏付けるものであろうとケンブリッジ大学のBaron-Cohenらは提唱している。Baron-Cohenは自閉症の症状の多くは、男性と女性の正常な性分化の極端な例であると述べている。例を挙げると、男性は女性よりも空間的な作業が優れていると知られている。自閉症やアスペルガー症候群の例では、正常者よりこれらの作業でより高得点を示すことさえある。言語を獲得している同年齢の小児に比べて自閉症児では脳のある特定の部位が大きいということから、同じような傾向が性と関連しているような生物学的行動学的な点で認められている。Baron-Cohenは、この説は自閉症社会では注目すべきものであるが、あまりに新しい概念なので十分な検討が必要であると述べている。
 他のグループでは、自閉症遺伝子の可能性がある遺伝子の変異とある特定な自閉症との関連性について検索している。ワシントン大学の神経内科医師Gerard Schellenbergと自閉症研究センター教授Geraldine Dawsonは二人以上の自閉症がいる家系を検討した。彼らは自閉症のタイプの診断と患者のDNAの異常と症状との関連性を検索した。

自閉症は複雑極まりないが、研究者らはその最終解明に自信を持ちつつある。
 さまざまな研究によって、新しい治療法が生まれてくることは間違いないことで、現在も療育者たちはすでにわかっている自閉症児の心が行動療法に対しどう反応するか、ということを治療法に取り入れている。

相互関係の改善
 今まで最も有効とされている方法は、自閉症の子供らが行動とコミュニケーションの問題を克服することに主眼を置いた療法である。そのうちのひとつは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のRobert Koegelによる「Pivot program」である。このプログラムでは自閉症児に人の気を引くためにやみくもに声を上げ、叫ぶことに代わりに相手に質問をすればいいのだということを教えている。トランプをするときには関係のないカードの折り目を気にするより、カードの組み合わせや数字に目を向けさせるように訓練する。Robert Koegelは子供たちの興味に合わせたレッスンを作ることにより、動機づけを行う。たとえば「動物が大好き」という子どもに大きいと小さいの概念を教えるときは、動物園に行き、ウサギと象を示して学ぶ、というように。
 比較研究がないためにRobert Koegelのプログラムと他の行動療法との比較は困難であるが、逸話となるような話しもあり、この方法はうまくいっていると思わせる。Robert Koegelは「彼らは完全に回復したとは言えないが、一番の問題部分は克服しつつある。」と述べている。彼は今後、自閉症児の学習過程における脳内の神経学的変化を研究し、それぞれ異なるタイプの自閉症の症状に合った療法を行いたいと考えている。
 Robert Koegelの様な早い時期から始める療法や、自閉症のメカニズムをたどる研究はいつの日にか自閉症が解明されるであろう希望をもたらす。その複雑さにも関わらず、研究者達はこの病気の解明に自信を持ちつつあるのだ。遺伝学的なこと、環境的な要因など多くの情報の中から結論を導くのは容易ではないが、さまざまな研究の波は来るべき数10年のうちにこの不可解な病気を解明することができるであろう。