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韓国・遺族会の補償請求裁判 控訴審判決要旨



アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求控訴事件 控訴審(東京高裁)判決要旨 2003年7月22日
控訴人 韓国・社団法人太平洋戦争犠牲者遺族会
控訴人代理人 高木健一弁護士ほか
支援 日本の戦後責任をハッキリさせる会(ハッキリ会)
 
 

東京高等裁判所平成13年(ネ)第2631号各アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求控訴事件
(戦後補償控訴審判決平成15.7.22言渡)
(原審・東京地方裁判所平成3年(ワ)第17461号、平成4年(ワ)第5809号)
控訴人ら 朴七封ら35名
被控訴人 国
 

判決要旨

1 主文
(一)本件控訴をいずれも棄却する。
(ニ)控訴費用は控訴人らの負担とする。

2 事案の概要
第1審原告ら40名は、いずれも韓国人であるが、内32名は太平洋戦争の頃旧日本軍の軍人軍属であった者又はその遺族であり、内8名はその頃軍隊慰安婦(従軍慰安婦)であった者である。本件は、第1審原告らが、第1審被告である被控訴人の行為により、本人又は被相続人が旧日本軍の軍人軍属として、あるいは本人が軍隊慰安婦として、耐え難い苦痛を被ったなどと主張して、国際法及び国内法に基づき、被控訴人に対し損失補償ないし損害賠償を求めるなどした事案である。

3 第1審は、第1審原告らの請求は理由がないとして、いずれも請求を棄却した。控訴人らは、第1審原告らのうち軍人軍属関係の本人又はその遺族29名及び軍隊慰安婦関係の本人6名の合計35名である。

4 判決理由の要旨

(一)国際法及び国際慣習法に基づく請求について
ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例6条等および極東軍事裁判所条例5条、奴隷条約、強制労働条約、カイロ宣言及びポツダム宣言並びに国際法上の平等原則によって、控訴人ら各個人が被控訴人に対し損害賠償請求権ないし補償請求権を取得するものではない。また、これらの条約等を基にして控訴人ら個人が被控訴人に対し損害賠償請求ないし補償請求をすることができるという国際慣習法が成立しているとは認められない。

(二)国内法に基づく請求について
(1)財産権の補償を定める憲法29条3項は、控訴人らが主張する損失補償につき適用ないし類推適用する根拠規定とはなり得ない。また、戦傷病者戦没者遺族等援護法及び恩給法が規定する、日本国籍を有することを補償等を受ける要件とする国籍条項を、直ちに法の下の平等を定める憲法14条1項に違反するということはできない。さらに、立法を待たずに披控訴人に国家補償を請求できるという条理は未だ存在しない。

(2)被控訴人は、公法上の勤務関係にある軍人及び徴用された軍属、雇用された軍属に対しても、安全配慮義務を負っており、その具体的内容は状況により異なるが、戦時においてもこれを負うものと解される。
ア 控訴人朴七封、同金泰仙の父金炳國、第1審原告文炳煥の被害については、具体的状況や原因に応じた具体的な安全配慮義務の内容が特定されず、同義務の履行可能性や回避可能性を判断できないから、安全配慮義務違反を認めることはできない。
イ 第1審原告趙武雄の父趙殷鐸の終戦直後の帰還が遅れたこと、マラリアにより戦病死したことは、安全配慮義務違反の結果といえず、軍属として受忍せざるを得なかった戦争被害と推認せざるを得ない。
ウ 控訴人韓永龍の父韓錫熈は、軍属の徴用を解除された上で軍令に基づいて浮島丸に乗船したものであるから、被控訴人は、韓錫熈に対し運送上の安全配慮義務を負うところ、浮島丸を出航させたこと、大湊港に引き返さず航行を続けたこと、舞鶴港に入港するに際しての行為は、当時の状況下において合理的選択によるものであって、安全配慮義務に違反があったとは認められない。
エ 控訴人朴七封、同金戴鳳、同趙鐘萬、同ぺ在鳳、同金判永、第1審原告李永桓、控訴人成興植の戦地や駐留地における疾病・傷害に対する治療・予後措置については、当時の状況のもとにおける医療状況や医療水準の下でどのような治療措置・予後措置を施すことが可能であったか、可能な治療を怠ったといえるかについて具体的に判断し得る資料がないなどのため、被控訴人の安全配慮義務違反があったとまで認められない。
オ 控訴人朴ピョンチャン(炳王贊)は、軍属である俘虜監視員として、旧日本軍に命じられて連合軍側の捕虜を重労働に使役し虐待するという非人道的職務を遂行したものであるが、この旧日本軍の命令は、軍属に対し、戦後戦争犯罪人として刑罰等を受けることがないようにすべき安全配慮義務に違反したものであり、控訴人朴ピョンチャン(炳王贊)は安全配慮義務違反による損害賠償請求権を有していたものという余地があった。
カ 控訴人鄭キヨン(王其永)は、事実関係、態様等になお不明な点もあるが、初年兵として勤務中、中国において、上官に命じられて中国人捕虜を銃剣で突き刺して殺したり、集団射殺したりしたことがあると認められ、この命令は軍人に対し将来戦争犯罪人として処罰される危曝を生じさせる違法な行為を命ずるものであるから、安全配慮義務に違反し、控訴人鄭キ永は、安全配慮義務違反による損害賠償請求権を有していたものという余地があった。
キ 第1審原告李潤宰、控訴人朴壬善の父朴載甲の劣悪な食糧補給等による被害については、当時の戦争状況や物資事情等から受忍せざるを得ない戦争被害といわざるを得ず、安全配慮義務違反があったとまでいえない。
ク 控訴人高允錫の父高在龍の死亡の原因について、その真相を究めるに足りる的確な証拠はない。
ケ その他の軍人軍属関係の控訴人らの安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求は、具体的状況に応じた具体的な義務の内容を特定されていなかったり、義務違反に該当する具体的事実が不明であるから、結局理由がないといわざるを得ない。

(3)軍隊慰安婦関係の控訴人らは、直接的には慰安所経営者との間で軍隊慰安婦として雇用契約を締結したものであるが、被控訴人は、慰安所の営業に対する支配的な契約関係を有した者あるいは民間業者との共同事業者的立場に立つ者として、日常の旧日本軍人との売春に関する事実上の管理に当たって、慰安婦の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負う場合があり得たことは否定できない。しかし、その内容として包括的ないし抽象的な安全配慮義務を直接負担していたと解することはできないし、移動に際しての安全確保の支援等が万全でなかったことがあるのも、戦争被害といわざるを得ない面がある。

(4)民法の不法行為に基づく請求について、現行憲法下では、国家賠償法施行前における公務員の権力的作用に伴う損害賠償請求についても民法の不法行為による損害賠償請求を、いわゆる国家無答責の法理で否定すべきものと解されない。しかし、被控訴人が戦争を遂行する国の権力作用として命じ、ないしはそれに付随した行為に基づき軍人軍属関係の控訴人らに生じた損害につき、被控訴人が民法上の不法行為責任を負うか否かは、結局、安全配慮義務違反の事実があるか否かの判断と同じである。軍隊慰安婦関係の控訴人ら軍隊慰安婦を雇用した雇用主とこれを管理監督していた旧日本軍人の個々の行為の中には、軍隊慰安婦関係の控訴人らに軍隊慰安行為を強制するにつき不法行為を構成する場合もなくはなかったと推認され、そのような事例については、被控訴人は、民法715条2項により不法行為責任を負うべき余地もあったといわざるを得ない。

(5)軍隊慰安婦関係の控訴人らに対する旧日本軍の措置に強制労働条約及び醜業条約に違反する点があった可能性は否定できないから、被控訴人にはこれらの条約上の義務違反に基づく国際法上の国家責任の解除の方法として日本国内の補償立法を行うことも採り得る一施策であったといえる。また、軍人軍属関係の控訴人らの被った戦争被害に対しても、旧植民地日本人として独立後の韓国等の内情により補償政策、社会援護政策によって民族的日本人の場合とは異なる援護しか受けられないことにかんがみ、外交政策等として日本国内補償立法を行うことも採り得る一施策であったといえる。しかし、国家責任の解除の方法は多様であり、援護政策の拡大適用などして補償立法を行うか否かの判断は、国会の裁量に属する立法政策判断である。憲法上、国会議員につき一義的に立法の不作為義務違反があったとはいえない。

(6)ア 被控訴人に対し、軍人軍属関係の控訴人朴炳煥及び同鄭キ永並びに軍隊慰安婦関係の控訴人らは、安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償債権を取得した余地があり、控訴人朴七封ら9名が未払給与債権及び未払軍事郵便貯金債権を有していたことが認められる。これらの債権は、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定2条3にいう「財産、権利及び利益」に含まれるものであるから、昭和22年8月15日以降我が国に居住したことがある控訴人沈美子の債権を除き、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定2条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律1条により昭和40年6月22日において消滅したものである。
イ 控訴人沈美子が取得した余地がある損害賠償請求権の除斥期間の起算日は、日韓請求権協定の発効日及び措置法の施行日である昭和40年12月18日と認められるが、控訴人沈美子は、同日から除斥期間である20年を経過した後の平成4年4月13日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるから、同損害賠償請求権は、除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅した。

(三)以上によれば、控訴人らの本件請求は理由がないから、いずれも棄却する。
 

東京高等裁判所第16民事部
裁判長裁判官 鬼頭季郎  裁判官 納谷肇  裁判官 任介辰哉