「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」(民主党)に対する提案
 
 

・民主党への質問
 
 

 
国の法的責任を回避する「基金」といいながら、法律案に法的責任を明記しない。国が補償をともいわない。いつ実行するかも、まったくわからない。超党派提案の根回しもなく、審議入りさえ危ぶまれる提案は、被害当事者をまたまた幻惑させるだけではないか。

民主党への提案──「慰安婦」問題は日本国家の戦争犯罪であった。「基金」事業にともなう被害者への総理の手紙は国の意思を代表する謝罪であり、その医療・福祉支援事業への国庫支出は国としての補償にあたるものである、との国会決議案を提起すればよい

  2000.4. 原田信一
 

 1.アジア女性基金
 女性のためのアジア平和国民基金(以下アジア女性基金、「基金」)は、立法(案)について、公式的に批評、コメントする立場にないだろう。
 なぜなら、アジア女性基金は政府の政策方針(閣議了解)により設立され、国会においても「基金」に対する国庫支出を可決して、すでに政策の施行に入って4年を経過しているからである。「慰安婦」問題について政府および国会が、国として「道義的責任を痛感し」「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」(総理の手紙)との趣旨で、国民的償いをアジア女性基金を通して実施する方針を承認、決定して事業は推進されている。
 実際に、この「償いの事業」につき、事業対象者の過半数を大きく上回る160人以上の「慰安婦」被害者がその意義を評価し、自ら申請して受け止めている事実を重視すべきだ。

2.アジア女性基金事業を妨げないこと
 したがって、同法律案の趣旨・目的は、アジア女性基金事業の妨げにならないことが求められる。すでに償いの事業を理解・評価し、日本国と国民の「償いの気持ち」として受け止めている「慰安婦」被害者の立場を、いささかも損なわないことが要請される。
 国会において同法律案を提案するとすれば、「慰安婦」問題に対するアジア女性基金事業と抵触しない、まったく次元の違う(積極的に踏み込んだ)政策であるべきである。
 アジア女性基金は、1995年の設立段階で、政府・国民のできうるかぎりの意思、政策として成立した。その役員として関わったもの、「国による個人補償」を求めてきた「慰安婦」被害者たちがぎりぎり理解し選択して、大きな結果を残してきたのである。仮にも政府・国会が承認し、主体である被害者がきびしい選択をした事実・実態を否定するものであってはならない。

3.事実誤認
 以上の観点から、趣旨説明に関して、同法律案提案者に以下の諸点を意見として述べ、再考されることを求めたい。

(1)アジア女性基金の評価への異議

○「民間団体である『女性のためのアジア平和国民基金』」(趣旨説明p.3)
 「基金」は独立した財団法人(公益法人)であるが、政府閣議了解、国庫支出の国会決議によって「国としてのおわびと反省を表す」こと、「総理のおわびの手紙」を「慰安婦」被害者に届ける団体として、国の政策を担っている。法的・政治的に、認識が違うのではないか。

○「国民の募金による見舞金の支給で国の法的責任を回避しようとして…」(同上)
 「見舞金」という趣旨、定義は政府政策および「基金」方針のどこにもない。「国の法的責任を回避しようとし」てきたとすれば、それは政府・国会の意思、方針によるものであって、「基金」の望んだ方針ではまったくない。明らかな誤りであり、国民の募金によるとの政策を承認しておきながら、募金に協力した国民をばかにしている。「基金」の立場を批判するならば、即国会〔議員)の責任回避といわなければならない。

○「見舞金は、各国で多数の被害者から…拒否され、拠金者にも納得のいく説明ができない事態」(同上)
 「基金」は被害者のおかれた状況や気持ちを第一に考えており、その人権、プライバシーの尊重の観点から、公表については慎重に判断している。提案者は、「基金」の経緯と各国・地域の状況について正確な情報を得ているだろうか。「多数の被害者」が何人で、どのような「定義」「認定」を根拠にしているか、さらに拒否した人数がどこで、どのくらいの人数であるか、把握しているのか。記述した根拠があいまいである。
 「基金」の事業の実績、結果は、すでに述べた通りである。

○「趣旨説明」は、新たな立法が必要である根拠の多くを、「各国の批判」「国連特別報告者の批判、補償要求」に求めている。
 もしそれを正しいとするなら、「基金」設立時、すなわち国の補償を求めて当時から当事者が訴訟し、国会議員にもその実現を求めていたのであるから、「国による個人補償」立法を対置し実現すべきであった。提案者の多くの議員が当時現職であり、当時の与党であった方も多い。
 付け加えるなら、「慰安婦」問題が浮上したきっかけは国会での審議であることは確かだか、続く91年に韓国で一人が「慰安婦」被害者として公然と名乗り出て、はじめて衝撃となり問題がひろがった経緯がある。そのような実態を政府、国民が知り、一定の調査の上で当時の社会的・政治的環境(制約)の下でアジア女性基金設立に至った。
 よりよい対応の立法を図ることは是認できるが、「国や国連の批判(報告、決議等)」や一部の運動体の主張を過大視して、「基金」の現実的な活動や「慰安婦」被害者本人たちのおかれた状況や意思をおろそかにするなら、問題の解決を誤ることになる。
 現実に、過半を大きく上回る被害者が「基金」を受け止めた、そして国民が2000円、3000円と拠金した気持ちがその方々に届いていることを重視すべきだろう。
 「国家間解決」で「戦争被害者個人」の問題を残してきたという根本問題を、再び一方的な「国家優位」の立場へと逆転するだけでは、新たな地平は開けない。国民参加の大きな意義もまた、アジア女性基金にはある。

○「趣旨説明」の時間の前後の取り違え(経過の認識不足)
 1996年1月、「クマラスワミ女史」(女史という用語自体が、今日の人権の視点にそうものかどうか)
 (国連)人権委員会に報告書、「性奴隷」とし、…日本政府に勧告
 1998年8月、「ゲイ・マクドゥーガル女史」(クマラスワミ報告者は略されて?いるが「ラディカ・クマラスワミ」)
 差別防止少数者保護小委員会への報告書で、日本政府に国家補償を希望
 ──と例をあげ、このように「世界」が日本政府の対応を批判し、と書いたうえで、「ところが、政府は、…民間団体である『女性のためのアジア平和国民基金』を設立し…」と、「基金」に言及している。

○ところが、アジア女性基金の設立は1995年7月、政府発表は同年6月、政府与党の「基金」案報告は94年12月、政府の「おわびと反省」表明は93年3月、政府のなんらかの措置表明は92年初め──。92年から国連人権委で「慰安婦」問題は取り上げられたといっているが、このように日本の政府と国会また社会が、どのように対処すべきかと議論してきた。民間・市民運動が90年ごろから取り組んできた経緯を押さえず、「基金」設立後のクマラスワミ報告やマクドゥーガル報告を使い、はるか後続の一部の活動家の「基金」批判を背景に立法趣旨とするのは、時間の逆転といえないだろうか。

○─以上、「趣旨説明」には、「基金」の事業についての正確な情報および政府と国会において「日本の対応」としてその設立決定に加わってきた事実と責任の認識が欠けているといわざるを得ない。とくに政府方針と国会で予算措置をした「基金」を否定的にいうことによって、何よりも、それを理解し受け止めている「慰安婦」被害者を、決定的に侮辱することを、銘記すべきだ。

(2)法律案について

○「問題解決のためには国の責任において措置を講ずることが不可欠であるとの認識の下に…」「戦時性的強制被害者に係る問題の解決の促進を図る必要がある」
「政府は、…謝罪の意を表しその名誉等の回復に資するために必要な措置を講ずるものとする」「措置には、…金銭の支給を含むものとする」
 つきつめると、これが当法律案の根幹と思われる。「政府が特別の機関を設置して、問題解決にあたるべき」という。

○当法律案によって「解決」となるか
 すでに述べたように、「基金」が「国の法的責任」回避にあたり、「行き詰まり」だとして、各国・地域の政府や運動体が批判していると立法趣旨にいうが、しかし法律案を読んでみると、その「実行目的」は「国のまっとうな個人補償」ではないのだから、わからない。
 「基金」と次元の違う「解決」とは何か。見て取れるのは、政府機関でもう一度「慰安婦」への政府の措置を考える、国会に報告させるということ。(「国の責任で措置」と「国の法的責任」とはまったく別次元。)
 政府機関とは、「総理府に、…戦時性的強制被害者問題解決促進会議を置く」とする。その会議の会長は総理、委員は関係行政機関の長のうちから総理が任命。専門委員によって調査するが、その委員も総理が任命する、という内容(民主党の総理だけを想定した法律案なのだろうか)。10年の時限法とされている。

○要は、政府機関が調査審議し措置を行う(ように国会で法律にする)法律案なのだ。「慰安婦」問題は「国の法的責任」とも、「国による補償」とも、緊急に措置するとも、まったくいっていないのである。もう一度考えてみましょう、政府、考えてくださいというのだ。「基金」の設立経緯や実績を否定的にとらえ、「慰安婦」自身のおかれた状況や気持ちを聞くのでもなく、新たな立法により何を具体的に実現し、それが確実に「慰安婦」問題の解決になる、「慰安婦」被害者たちが納得するという明瞭な条文その他の根拠は示されていない。

○一部の運動体がこれを「了承」したというが、これでは、「慰安婦」被害者自身──とくに訴訟で国の賠償・補償と謝罪を求めている当事者の期待を切り捨てるものだといえる。一部の原則論の運動体の意思をもって、あからさまに被害者の意思を抑え込もうとするかのように見える。
 重大な問題は、「国家政府間調整、協議」等によって…と現実に配慮したために、被害者自身が政府・国会に求めたことを、政府と政府という関係に戻す立場になっていることだ。政府間解決という戦後処理が、被害者個人をないがしろにしてきた轍を、また踏もうというのだから、時間を逆転させる発想といわざるを得ない。

○相手国・地域側の政府が、国会がこういって「基金」、日本政府を批判しているという構図ばかりをいうことではない。被害者個人やNGO活動まで一緒くたにして、「政府」に「解決策」をあずけるような姿勢でよいのか。むしろ政府がやるべきこと、国会がやるべきことを限定し、すでに進んでいる施策により明確な「公的な決議、文言」を加えることこそ大事ではないか

○まっとうに、現実的に、正論を通そうというなら民主党はこうすべきだ。──国会で「慰安婦」問題は日本国家の戦争犯罪であった。「基金」事業の総理の手紙は国の意思を代表するものであり、それへの国庫支出は補償にあたるものである、と決議すればよいのである。それができないからこそ、政府との調整、党内調整、協議して…という、ハッキリしない法案になってしまっているのだ。政治的に(国会構成など)それが無理、これでどうだと運動団体に賛同を求めて提案を強行したとみるしかない。「政府が…謝罪、解決のため措置を促進する…」との提案に意義があるとして、それでさえ、いまの国会で通す力はない。

○すでに唯一公的に、実行過程に入り実績もある「基金」の償いの事業を否定し、あるいは肯定的に前進させる内容でもない当法律案が「解決」であるとするという、その意図はどこにあるのかわからない。幻想をまたふりまいただけなのだ。「基金」の実行とは別に解決するというならば、当事者すべての納得の下にすべての問題を解決するよう政策が実行されなければならないが、この法案でそれが可能であるとは思えない。「早く」の要望一つにでも、誠意ある約束ができるのだろうか。


 

──以上の観点から、民主党発議責任者に、具体的に問いたい「Q and Q」

【問題の所在について】

 ──アジア女性基金が批判されているという。
 では「基金」措置にはどのような問題が残っていて、立法案では解決できるとしているのか。
 (日本が先の戦時下、「慰安婦」を動員し慰安所などで性的奉仕を強制した。それら元「慰安婦」に対し日本国が事実、法的責任を認め、謝罪し、個人補償を、と裁判などで訴えてきたという「問題の所在」は、ここでは前提として──)

 ○これまで、各国・地域で何人が名乗り出をし、どれだけ確定的な人数がいるのか。
 ○提案者らの「慰安婦」定義による「慰安婦」現存者は何人と推定しているか。
 ○「基金」の定義との異同はどこか。
 ○「基金」を受け取った160人以上の「慰安婦」被害者の気持ちやその状況についてどう思うか。
 ○アジア女性基金に反対という「慰安婦」被害者何人から直接聴取をしたか。
 ○アジア女性基金を受け取った「慰安婦」被害者から聴取したか。
 ○その上で、「本当の」解決とは何だと考えるか。(法律案趣旨)

 ○運動体の主張は、元「慰安婦」の総意と受け止めているか。
 ○アジア女性基金を受け取ることも支持している運動体から聴取したか。
 ○運動体の主張が、「慰安婦」問題解決のカギか。
 ○元「慰安婦」たちは自由に自らの判断で「基金」を選択できていると認識しているか。
 ○「基金」否定、「基金」阻止、「基金」を受け取らせない運動をどのように見るか。
 ○アジア女性基金を、民主党は否定するのか、共存すると考えるのか。その整理ぶりを聞きたい。

【政府、国の対処】

 ○「基金」実施によって被害者に出されている総理の手紙は国の謝罪ではないか。
 ○国が道義的責任を痛感し、それを誠実に実行する医療・福祉支援事業への国庫支出を否定するのか。
 ○「基金」は政府・国の対処ではないという認識か。
 ○「基金」の事業と、法律案による「解決策」の整合性は。(条約協定等、国の政策として)
 ○各国の政府、国会等の批判に対して、日本の戦後処理の方針を個人補償に転換する意図なら、党方針として明言すべきではないか。
 ○「慰安婦」問題の国の法的責任とは、国際法、国内法により、何か。
 ○当法律案が、国の「法的責任」を明確に認め、(日本への)批判に答えることになるか。
 ○「慰安婦」問題には国の法的責任がある、とする法律案条文はどれか。

 ○国を相手に司法で争った「慰安婦」訴訟の判決が戦争犯罪、国際法等の法的責任を否定しているが、これについてどのように受け止めるか。
 ○国会の立法義務として「戦争被害者和解基金法」「戦争被害者補償法」をつくることは考えられないか。
  (田中宏一橋大学名誉教授はアジア女性基金を発展させる補償への策を提案している。)
 ○法律案は「基金」を否定しないとするなら、「補完法」を考えられないか。あるいはなぜ「国家補償法」でないのか。

【被害者への責任】

 ○何より、被害者たちに対する責任の取り方の問題、償いの実行である。これは一致できる。
 ○被害者たちは高齢である。運動体や政府が反対しなければ、「基金」を受け取りたいという  
  声もある。これについてどう考えるか。
 ○生きているうちに、という声に応えるという点で、法律案は責任を果たせるか。
 ○国の法的責任、謝罪により、いつ被害者たちに支給等を届けられるか。
 ○この立法の成立可能性についての見通し。どの程度、支持があるのか。