フィリピン人元「慰安婦」補償請求控訴審判決要旨

 

(2000年12月6日、東京高等裁判所判決)
平成一〇年(ネ)第五一六七号 各補償請求控訴事件

判決要旨

一 本件は、フィリピン国籍を有する女性である控訴人らが、第二次世界大戦当
時、進駐してきた日本国の軍隊の兵士らから暴行、監禁、強姦等の被害を受け著
しい精神的苦痛を被ったとして、被控訴人である日本国に対し、控訴人一人につ
き二〇〇〇万円の損害賠償を請求した事案である。
 右請求の根拠としては、ハーグ陸戦条約三条若しくはこれに体現されている国
際慣習法、「人道に対する罪」違反、フィリピン国内法、日本の民法、国家賠償
法の遡及的適用に基づく各損害賠償請求権に加えて、当審において、日本の国会
議員が控訴人らを救済するための賠償立法を怠っていること及び被控訴人が本件
各加害行為の加害者を処罰せず放置したことを理由とする国家賠償法に基づく損
害賠償請求権が主張されている。

二 判決理由の要旨は次のとおりである。
 国際法は原則的に独立対等な関係にある諸国家の関係を規律する規範であり個
人が他国から受けた被害等は所属国の外交保護権の行使によって処理されるのが
原則である。時代の変遷や国際社会の構造の変化に伴い個人の権利を国際法の対
象とすることも生じているが、個人が所属国以外の国家に対し直接被害回復を求
める権利を有しているというためには、これを認める特別の国際法規範が存在し
なければならない。
 ハーグ陸戦条約三条は国家に賠償義務を課しているが、被害の回復等は国家の
外交保護権の行使によることを前提としており、被害を受けた個人が直接加害国
に損害賠償を請求する権利は認めていない。同条約及び規則の起草過程や他の条
約等を検討しても同条が右のような権利を認めたものと解することはできない。
 また国際慣習法が成立しているといえるためには、特定の国家実行が主要な国
家を含む大多数の国家において法的な義務であるとの確信の下に慣行として行わ
れていることが必要であり、控訴人ら主張の法理がそのようなものとして諸国家
に受け入れられていると認めることはできない。
 「人道に対する罪」は、第二次世界大戦等において非人道的行為等を行った個
人の刑事責任を明らかにして処罰するためのもので、民事責任を追及するための
ものではないから、被害者が所属国以外の国家に対して直接損害賠償請求するこ
とを認める根拠とはならない。
 本件各加害行為は国家の権力的作用に付随するきわめて公法的色彩の強い行為
であり国際私法の適用があるとすることには多大の疑問がある。仮にフィリピン
国内法の適用があるとしても、法例一一条二項、三項により控訴人らの本件請求
が認められないことは原判決記載のとおりである。
 本件各加害行為の当時、国家の権力的行為については国家無答責の原則により
日本の民法の適用が排除されており、仮に民法の適用があるとしても控訴人らの
損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅している。控訴人ら主張の事情をもっ
て除斥期間の延長を認めることはできない。
 憲法は公務員の不法行為による損害について賠償請求の要件等の定立を立法府
の裁量に委ねているから、国家賠償法の遡及的適用を否定した同法附則六項は憲
法に違反しない。
 国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにも
かかわらず国会があえて当該立法を行うというような例外的な場合でない限り、
国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けず、控訴人ら主張のよう
な立法をすることが憲法上必須な要請であり一義的に立法義務が定められている
と解することは到底できない。
 本件各加害行為の行為者を発見、処罰していないことが控訴人ら主張の条約に
違反するとしても、それは締約国に対する国際法上の義務の違反であり被害者個
人に対するものではないから、国家賠償法一条一項にいう違法に当たらない。
以上