拉致事件に対する在日韓国・朝鮮人の声明

拉致事件に対する
在日韓国・朝鮮人の声明
(2002.10.9.公表)=転載

 
   2002年9月17日、日朝首脳会談が開催された。この会談は、日朝国交回復交渉の重い扉を開く歴史的な会談になるはずであった。
 
 会談で日本側は「拉致問題」「不審船問題」「核兵器開発問題」等の解決を掲げ、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮という)側は「過去の清算」、とりわけ「経済援助」を求めた。会談後の「日朝平壌宣言」には、日本側の過去のお詫びと経済援助の実施、日本国民の生命と安全にかかわる問題の再発防止、核問題の国際合意の尊重等が盛り込まれ、会議は一定の成果を上げたようだ。しかし、会談の中で金正日国防委員長が、これまで存在しないと主張してきた日本人「拉致事件」を認め、日本社会のみならず、私たち在日韓国・朝鮮人にも大きな衝撃を与えた。

 これまで、北朝鮮は「拉致疑惑」を一貫して否定し、むしろ、「拉致疑惑」は日本側の完全な「でっち上げ」とまで言い張ってきた。また、在日朝鮮人の団体である朝鮮総聯も「でっち上げ」と声を大に主張してきた。結果的に、この両者は社会を欺いてきたことになり、その責任は重大だ。一方、在日韓国・朝鮮人の多くも「拉致問題」には、ほとんど関心を示してこなかった。

 私たち在日韓国・朝鮮人は、日本の朝鮮植民地支配という「不幸な歴史」によって日本に存在するようになった。すでに世代を継いで、在日歴が百年になろうという人も多数存在する。この間、日本人からの抑圧と差別に苦しめられながらも、人間として、民族としての尊厳を守り、歯を食いしばって生き抜いてきた。そればかりか、差別を受けながらも、なお在日韓国・朝鮮人の志は高く、近年では閉鎖的な日本社会を多民族・多文化共生社会に発展させ、差別のない平和な社会に導くための理念を提唱している。決して日本人への「恨」だけを抱いて生きてきたのではないのだ。また、日本社会に植民地支配の歴史を真摯に反省するよう、常に働きかけてきた。それは、「歴史の反省」こそが、差別のない平和な社会づくりに繋がると信じてきたからである。

 しかし、北朝鮮による日本人拉致事件は、こうした在日韓国・朝鮮人の志をも踏みにじる卑劣な行為であり、同じ民族として断じて許せない。そればかりか、金正日国防委員長は拉致事件を「不正常な関係にある中で生じた」ことを理由に軽視し、朝鮮国営通信は日本の植民地支配の事例を上げながら拉致事件を正当化する宣伝まで行っている。また、在日韓国・朝鮮人の中にも、植民地支配を引き合いに出して拉致事件を論じる人がいるが、憂慮すべきことだ。被植民地支配の歴史は、未来を豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために用いるものではない。朝鮮人側は、こうした態度が「開き直り」としか理解されないことを悟るべきだ。

 さらに、見落としてはならないのが、北朝鮮側が「開き直り」の論拠を、日本の「過去の清算」に置いている点だ。日本は過去の植民地支配を反省したというが、「責任者処罰」「謝罪」「真相解明」「国家賠償」など、全て曖昧にしてきた。北朝鮮側も、これを真似て、拉致事件の「真相解明」などを曖昧にしようとしているのだ。北朝鮮側は、これで日本側からの反論はないと踏んでいるが、しかし、植民地支配の被害を受けてきた朝鮮民族だからこそ、拉致事件は誠実に「謝罪」と「真相解明」し、そして国家賠償をすべきではないか。拉致事件の「解決」で、未来に禍根を残さぬよう厳しく指摘する。
 北朝鮮による「拉致事件」が白日の下にさらされた今日、在日韓国・朝鮮人が拉致事件について、このまま沈黙を続けることが許されるのか、自問すべきである。同時に、現在の北朝鮮の指導者に、果たして、日本の過去を糾弾し、日朝国交回復を論ずる資質があるのかも問わなければならない。そして、何より拉致被害者・家族の「悲痛な叫び」を真摯に受け止め、手を取り合わなければならない。拉致事件被害者・家族の「悲痛な叫び」は、まさに植民地時代に朝鮮民族があげた「悲痛な叫び」であり、その痛みは、在日韓国・朝鮮人もよく知っているはずだ。「国家」ではなく、人間の「痛み」を通して見れば、自国が他国にいかに非道なことをしてきたのかがよく見える。 
 最後に、日本人の一部には、拉致事件を悪用して在日韓国・朝鮮人に卑劣な行為を目論む人がいるが、私たちは、これを決して看過できない。拉致事件は、日本に暮らす一人ひとりの胸に刻み、差別と対立を残さない、より堅固な共生社会の実現に生かされるべきなのだ。そのために、在日韓国・朝鮮人の立場から下記の事項を明確にするように求める。
 
                  記

1.朝鮮民主主義人民共和国は拉致事件の真相を自主的に解明し公表すること。
2.朝鮮民主主義人民共和国は直ちに拉致被害者の原状回復を計ること。
3.朝鮮民主主義人民共和国は拉致被害者・家族に対して謝罪と国家賠償を行うこと。
4.朝鮮民主主義人民共和国の最高責任者である金正日国防委員長らは、拉致事件の責任を取って退陣すること。
5.朝鮮総聯と関連団体は拉致事件との関わりを調査し、その結果を日本社会に公表すること。
6.日本政府は、改めて「歴史の清算」を行い、朝鮮民主主義人民共和国側に拉致事件の「解決」の手本を示すこと。
以 上

【起草者】
 李敬宰(高槻むくげの会会長)
 河炳俊(近江渡来人倶楽部代表幹事)
 

上記、「拉致事件に対する在日韓国・朝鮮人の声明」にご賛同くださる在日韓国・朝鮮人を募っています。個人・団体・国籍を問いません。ご賛同いただける方は、(1) お名前、(2) 所属、肩書きなど、(3) 連絡先(電子メール可)(4) メッセージ(あれば)を書いて下記までご連絡下さい。
〒569-大阪府高槻市城内町1-35 高槻むくげの会
Tel.0726-71-1239 Fax.0726-61-6054
lee@hera.eonet.ne.jp

=転載、以上
 

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【朝日新聞大阪本社版 2002.10.10】

「金正日総書記、退陣を」
関西在日有志が異例の声明

 北朝鮮による拉致事件で関西の在日韓国・朝鮮人有志が9日、金正日総書記の退陣を求める異例の声明を出した。
 声明を呼びかけたのは、高槻むくげの会(大阪府高槻市)の李敬宰会長と近江渡来人倶楽部(大津市)の河炳俊代表幹事。
 声明は「在日韓国・朝鮮人が事件に沈黙を続けるのが許されるのか自問すべきだ。北朝鮮の指導者に日本の過去を問い、日朝国交回復を論ずる資格があるのかも問わなければならない」とし、北朝鮮に対し、真相の自主的解明と公表▽拉致被害者の原状回復▽被害者・家族への謝罪と国家賠償――を要求。在日本朝鮮人総連合会には、事件とのかかわりの調査、日本政府には、改めて過去を清算し、北朝鮮に拉致事件解決の手本を示すことを求めている。