東京地裁、中国人強制連行者の訴え認め国に損賠判決

判決要旨──2001.7.13 東京新聞より
 
 

 強制連行をめぐる劉連仁さん訴訟で東京地裁が十二日、言い渡した判
決の要旨は次の通り。

 【国際法や国際慣習法に基づく損書賠償請求権の成否について】
 ハーグ陸戦条約は交戦国が自国の軍隊構成員による陸戦規則違反の行
為について、相手国への損害賠償責任を負うという加害国と被害国との
権利義務関係を定め、被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を創
設したものとはいえない。
 強制労働条約は国家に対し強制労働を禁止する責務を課すもので、被
害を受けた個人に国家に対する損害賠償請求権を認めたものと解するこ
とはできない。
 奴隷条約は国家に奴隷制廃止のための責務を課すもので、被害者個人
に加害に対する直接の損害賠償請求権を付与するものとは認められない。
人道に対する罪についての規定は、違反者の犯罪構成要件を定めたもの
で、これを根拠に国家が損害賠償責任を負うということはできない。

 【法例一一条により準拠法となる中国民法に基づく損害賠償請求権の
成否について】
 強制労働は日本政府が国益のため行った行政作用で、国際私法の規律
によることは無理がある。また公権力の行使に対する国家賠償の問題を
法例一一条の「不法行為」の問題として扱うこともできない。

 【安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の成否について】
 劉連仁さんの強制労働で日本政府と劉さんとの間に雇用関係はなく、
劉さんの労務も支配管理しておらず、日本政府の安全配慮義務は認めら
れない。

 【国家無答責の法理が認められるか】
 国家賠償法施行以前、国の権力的作用に基づく行為による損害につい
て、一般的に国の損害賠償責任を認める法令上の根拠はなかった。強制
連行などは国の権力的作用による行為にほかならす、国家賠償法施行以
前の侵害行為で日本政府に損害賠償責任が生じると解することはできな
い。

 【戦後の救済義務違反に基づく損害賠償請求権の成否について】
 原告らが違法行為と主張しているのは、日本政府が劉さんを強制連行
し強制労働させながら、北海道を十三年間にわたり逃走することを余儀
なくされた劉さんに対する救済義務を怠ったという不作為である。その
ような不作為を違法と評価するためには、日本政府の公務員に一般的に
そのような作為義務が認められ、公務員が作為義務を怠ることにより、
劉さんの生命、身体の安全が確保されない事態になることが予測できた
ことが必要。
 第二次大戦を遂行するため、意思に反して強制連行や強制労働させら
れた者については、日本が降伏文書に調印したことで強制連行の目的自
体が消滅し、日本政府は原状回復義務として強制連行された者を保護す
る一般的な作為義務を負ったと認めるのが相当だ。
 このことは、GHQが厚生省に中国人労働者の故国への送還を命じ、引き
揚げ者の援護が厚生省の所管事務として定められたことからも裏付けら
れる。国家賠償法施行時、厚生省の担当職員は劉さんを保護する一般的
な作為義務を負っていた。
 逃走生活を送った劉さんは過酷な体験をし、常に安全が脅かされてい
た。外務省報告書などには逃走に関する経緯が記載されており、同省担
当者は劉さんの逃走を知っていたと認められる。戦後の混乱期という事
情を考慮しても、国家賠償法施行時に厚生省の担当職員は、劉さんの安
全が脅かされることを予測できた。日本政府が劉さんに対する保護義務
を怠ったことと劉さんの被害との間に相当因果関係を肯定できる。

 【民法七二四条の適用について】
 日本政府は劉さんの事態について自ら資料を作り、賠償要求に応じる
機会があったにもかかわらず放置して、これを怠った。そのような日本
政府に除斥期間を適用して責任を免れさせることは、劉さんの被害の重
大さを考慮すると正義公平の理念に著しく反し、損害賠償に応じること
は条理にもかなう。除斥期間の適用を制限するのが相当だ。

 【損害額について】
 救済義務を怠った結果、劉さんが被った損害を慰謝するための金額が
二千万円を下回ることはない。

 【結論】
 強制連行、強制労働により劉さんが多大の被害を被ったことは明らか
だが、当時の法体系のもとで、この被害に対する損害賠償を認めること
はできない。
 この訴訟は、劉さんが逃走生活を送ったことに関し救済義務違反の不
履行による違法が問われた点で、他の戦後補償裁判と異なる特徴を持つ。
この点で日本政府が救済義務を怠った不作為の違法を理由とする損害賠
償請求権が認められ、事案の特殊性から除斥期間の適用は制限すべきも
のといわざるを得ない。



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