かなり 実録 バレー部物語

・一気呵成

9人制への一本化、リコー厚木との交流試合等の成果、そして2年前から速攻を使い出し、それが効果的に決まるようになってきたのが大きい。
しかもセッターをサウスポーの佐藤にしたことで、ツーアタックも仕掛けられるようになっていた。

・・・1976年実業団県予選、2回戦で東北金属(24−22、21−14)、準決勝で電電仙台をフルセット(21−15、10−21、21−12)で破り、決勝進出を果たす。

バリエーションが増えて展開が変わり、相手の対応が遅れたか? 半澤も調子よく決めている・・・が、やはり攻撃にリズムができたおかげで守りもいつになく拾えていた。
ただ、ちょっと乱れると簡単に崩れてしまうような脆さも含んでいる。初めての決勝、先に流れに乗った方が勝つ。

今まで全く歯が立たなかった2チームに快勝した勢いは止まらなかったようだ。決勝戦、第1セット序盤に高城のCクイックが炸裂、その鋭角な弾道でなんとボールは相手レフトエースの顔面に直撃してしまった。
「おおぉぉ!」 一気に盛り上がる東北リコー、逆にその後の調子が上がらない相手エース。 このセットをものにすると、第2セットは完全に東北リコーペース、相手を寄せ付けず見事に初優勝を成し遂げた。
東北リコー 2(21−18、21−8)0 ソニーマグネプロダクツ

「マグレだな、できすぎだよ。でも勝ちは勝ち」 「産業人は、いわば県No.2以下のチームに全国大会の出場機会を与えるもの。本番はこれ、この実業団こそ本当の全国大会と言えるものだ」

今の東北リコーとしてはどんな大会であろうとも、全国大会に出場することに意義があったが、よりレベルの高い大会に出られるといううれしさと達成感があった。「しかも京都だしね・・・♪」
東北リコーが更なる強敵と相まみえる時がやってきた。


・実業団の実力

初出場の全日本実業団選手権は京都で開催された。
「全国大会で顔見知りができるということは心強い」。 同じ旅館に山形県代表の山形酸素が宿泊しており、東北のチームとしてお互いに健闘を誓い合う仲となることができた。 もちろん、アルコール入りだが。

予選グループ初戦の相手は東芝大阪。
全日本実業団
全日本実業団初出場。手応えはいかに?
「これが全国レベルか・・・」 速攻というバリエーションが増えたにしても、それはコンビネーションというものではなく、単発で終わってしまう。相手にとっては楽な試合運びをされてしまった。
「半澤につなぐことさえままならない」 隙間ないブロック、安定したレシーブ、正確なトス、場面に応じたスパイク・・・ 第1セットは僅か9点、第2セットも14点。結局何もできずに一蹴されてしまった。

「第2セットは遊ばれた。それでもあの点数だ。県ではなんとか通用しても全国では・・・」
気を取り直して挑んだ敗者復活戦、健闘及ばず三菱電機長崎にフルセット負けを喫し、全国大会1勝は先に持ち越された。
「やはり産業人と比べて、大会規模もプレーレベルも違った。しかし、この経験は今後必ず役に立つ」 そう思いながら、各自京都の闇に消えていくのだった・・・♪

◇  ◇  ◇

総合県予選、古川市役所に中盤まで粘ったものの安定性のある相手に引き離され2回戦で敗退。そう簡単に勝てるようなレベルではなかった。
東北リコー 0(18−21、16−21)2 古川市役所

「甘い・・・まだまだ甘い」。守りの意識をもっと持たないと勝ち続けることはなかなか出来ないだろう。