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U山荘

 

 これまで有名建築家の作品を数回に渡って お伝えしてきたこのシリーズだが、今回 筆者の設計した別荘をと編集部の方から言葉をいただき、僭越ながら紹介させていただくことになった。  

 この建物を中心に別荘という用途の建物について、また 野尻に住宅を建てる上での参考の一つに加えていただければと考えている。

●設計するということ

 建物を計画することは、それを利用する個人や家族等人やその集団を 現在という時間軸上だけでなく未来をも含めた「精神構造や人間関係を構築すること」だと考えている。 

 この建物の用途は「別荘」で オーナーは東京に在住している。従って 今回は「都心に住む人の別荘」ということと「野尻周辺の住宅のひとつのカタチ」をどう創るかという二つが最も重要なテーマであった。

●住宅と別荘

 定住する為の住宅と一時期的に滞在することになる別荘では、その思想が全く違ってくる。定住するためには 

1、時には過酷になる自然環境や外敵から隔離し 人間の生活できる「物理的な内的環境」を作り出すこと。

2、外部で活動するときの緊張した状態に対し 落ち着ける「精神的な巣」を作りだすこと。

この二つがもっとも基本的なことだと考えている。    

 定住場所が他にあって二つ目となる別荘では 少し違う考え方ができてくる。 昔の軽井沢に代表されるような避暑地としての別荘利用は、エアコンが普及した現代では少し意味が薄れてくるし、時間の流れるスピードの速い現代では 長期滞在による利用よりも週末などの短期間利用に留まることが多い傾向にある。  

 定住地が大都市の中心部の場合は 居住者は建物や人口密度が高い環境での生活という人工的な環境での生活を常に強いられている。それに、社会全体の競争が激しく ある程度高いテンションを維持することが必要という精神的環境が重なっている。

 すると定住地である自宅に居るだけではストレスが取りきれないということになりやすい。  そのような時に 別荘で過ごすことにより環境を変化させ、日頃の仕事や人間環境から隔離し また自然と一体になることによって 生物としての本来の自分を取り戻すことができる。そういう状態を作り出すことが 都会生活の厳しい競争社会の中で生活する活力を養うことになると考えている。

●自然と調和した生活

 このような考え方から、別荘周囲の環境と調和し 共生していくような建物とすることを考えた。  

 自然環境と解け合って生活するということは、たとえば 別荘のどの部屋にいても周辺の木々の存在を感じとり、森に囲まれていることを実感できる というようなことであり。また この地が晴れたり雨が降ったりといった天候の変化を住戸内にいても敏感に感じとり、風が吹けば木々が揺れ葉が擦れる音がするのを 頭ではなくて身体全体や本能が察知できるようなことではないかと考えた。  

 しかし自然環境は心地よい時だけではない。冬季を中心にしたそのような時季の厳しい自然環境はガードできるようにする。そして 厳冬期に吹雪いているときにも、積雪が深くなったときも快適に暖かくすごくことができれば、厳しい環境の影響が少なくて済む。

そうして周辺の環境に応じて、「衣服を一枚づつ着脱することができるような別荘」を目指した。  人には視覚 聴覚 触覚 嗅覚 味覚の五つの感覚があるが、味覚以外の四つの感覚を通じて自然と一体になれる、そうした いわば「感受性の高い家」を計画していった。

●黒姫に建てる住宅

 別荘は 黒姫山の東側、開拓地の一画の緩やかな傾斜地に建っている。 デベロッパーの開発地では無いために敷地面積が広く、林の中にある為に隣地境界線は気にならず、開放感のある土地である。  

 建物は程良い長方形の平面をしていて、屋根は雪対策として最も単純な切り妻屋根とした。積雪に対して有利な形というと より単純になってくる。自然のなかでは またそうした単純なカタチが 力強くてよく似合う。  黒姫山と飯綱山の谷と斑尾山を結ぶ線と 屋根の尾根がほぼ平行になるような向きに建っている。

 視覚的には 敷地内から信越本線沿いの谷を挟んで斑尾方面の山々への眺めがいい。 周辺が雑木林で 四季がゆったり流れているのを感じることができる。  

 住宅の中で靴を脱いで足が直に触れる床は 触覚的にとても重要なところなのだが、それらの部分を中心に 材料には自然な木製品を使用している。

 床の他、建具、家具、風呂そして壁・天井など可能なところはすべて木製とした。しかも無垢の木材がほとんどであるため ホルムアルデヒドなどの発生は極力抑えられている。

 聴覚・嗅覚を利用することも含めて窓をなるべく大きく開けている。開け放した窓からは 黒姫山に吹き上げる風が建物の中を通る。しかし 風が吹いて気持ちのよくならない季節もある。

 特に冬季は 風と雪が吹いてくる。そこで 黒姫山から雪とともに吹いてくる風をガードする為、その風が吹いてくる外壁面に洗面所などを配置することにより壁を多く設け それにより風が壁の温度を下げ 室内に冷輻射する影響を最小限に防いでいる。

 どちらかというと冬季以外の滞在に重きをおいた別荘であるが、雪対策や寒さの対策は、綿密に計画した。

 冷え切った建物内で最初に入室し、最も長く在室することになる一階のリビングスペースは短期間の暖房ではなかなか床の温度が上がらないが そこには床暖房を施し下から暖めるようにしている。

 暖房は、輻射熱の効果が大きい薪ストーブを別荘の中心であるリビングスペースに設置することにより、その火を中心に人が集まるようにしている。また 屋内を一部仕切れるようにして暖房効率を上げた。

 寝室はリビングスペースの上の二階とし、一階の暖房で十分に暖まった床と建物の上部に集まりやすい熱でより快適に寝られるように配慮した。

 雪対策は 最も考慮した事のひとつである。別荘は不在期間が長いため、建物の温度が下がったままになりやすい。屋根勾配を45度と急勾配をすることにより 低い温度の屋根でも、降り積もった雪が自然落下するようにしている。

 この建物は壁や屋根に断熱材が入っているが、屋内外の温度差が大きい場合内部結露の問題が起こりやすい。軒裏と切り妻上部に通気口を儲けることによって屋根内部を自然換気をさせ 建物内部の結露対策をしている。

 軒の出を大きくすることによって 雪解け時における屋根上から溶けつつ流れてくる雪が軒先から下に回り込み壁や窓を破損させる害を防いでいる。

 屋内の暖房により屋根が暖まり雪が溶けて屋根沿いに流れて来るが、その雪が軒先の屋根部分で冷える為に屋根上でプール状の水たまりができる「すがもれ」は、軒内部に空間を設けることにより屋根温度を均一にして、その対策とした。

●最後に

 この別荘では 本当にたくさんの方達の協力があって成り建っている。

 建設を担当した小林工務店、棟梁の北川氏や中村木工の中村氏を初めとする専門業者の方々、信濃町役場や別荘地内の方々、それに舟小屋の加藤氏など、皆さんの協力があってようやく完成にこぎ着けることができた。誌面の一部をお借りして、お礼申し上げたい。

 しばらく続けさせていただいたこのシリーズも今回で最終回となってしまった 自分自身大変勉強になる部分が多く、濃密な時間を過ごさせていただいた。

 毎回遅れる原稿を待っていただいたフォーラムスタッフの方々には 大変感謝している。 また チャンスがあれば書かせていただきたいと考えている。

 初めてこの別荘を建てた敷地を訪れてから数年が経過したが 当初細かったこの敷地の樹木が成長し 一年ごとに幹が太くなっていくのを見ながら、木々のエネルギーを実感している。

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