手賀沼
関東平野の東部、千葉県北部から茨城県南部にかけては 高低差が極端に少ない平地で河や沼等が多い水郷地帯として知られている。 千葉県と茨城県の境には利根川が流れ、その北岸には北浦や霞ヶ浦、南岸の千葉県では印旛沼、そして今回のテーマである「手賀沼」がある。 ● 手賀沼とは 平安時代の地図を見ると関東平野の水系は現代とは全く違い、西側は荒川・利根川・住田(隅田)川水系、中央部は渡瀬(渡良瀬)川・太日川系となって現在の東京湾に流れていた。 東側は衣(鬼怒)川・常陸川・香取海水系で、茨城県南部から千葉県北部の大部分、現在の北浦・霞ヶ浦・印旛沼・手賀沼等をひとつにした巨大で複雑な形態の浦 つまり内海で そこから太平洋へと繋がっていた。 それらは大雨の度に氾濫し、流れを変え、合流・分流を繰り返していたらしい。 徳川家康は、利根川以東の河を合流させて太平洋に流す大工事を行い、江戸を氾濫から守ると同時に当時の物流の要である水路を整備した。 低地で温暖な気候、水が豊富で定期的に氾濫するということは、土地が肥沃で稲作には適地であり、沼を干拓しての新田開発は大昔から試みられた。 江戸時代だけで10回近くを数えるその開発は、同時に河の氾濫との闘いでもあり利根川の洪水の都度 失敗を繰り返した。 その後1960年代にようやく干拓に成功し、本来「つ」の字型だった沼面は 現在の「一」の字型になり 沼面面積も約1/3に縮小している。 周辺は、現在 首都圏のベッドタウンとなり 郊外の典型的な住宅街を形成している。 ● 全国ワースト1 手賀沼は 全国の湖沼の中で水質が悪い沼として有名で それも1974年(昭和49年)から全国ワースト1という不名誉な記録を現在も更新し続けている。 手賀沼のデータを野尻湖と比較してみた。 ◇ 湖面積 手賀沼 6.5km2(理科年表平成8年版) 野尻湖 4.43km2(国土地理院平成11年度調査) ◇ 周囲 手賀沼 37km 野尻湖 14km ◇ 水深 手賀沼 最深 3.8m(理科年表平成8年版) 野尻湖 最深 37.5m(理科年表平成8年版) ちなみに手賀沼の平均水深 0.86m(1999年我孫子市環境年表) ◇ 標高 手賀沼 3m(理科年表平成8年版) 野尻湖 654m(理科年表平成8年版) ◇ 湖沼の水質の基準となるCOD値(化学的酸素要求量)は 手賀沼 19 mg/l(環境庁平成10年) 平成7年は25 mg/l 印旛沼 10 mg/l(環境庁平成10年) 野尻湖 2 mg/l(環境庁平成10年) COD値は、野尻湖に比較して約10倍、印旛沼(ワースト2位)と比べても約2倍という高い数値が出ている。 ● 何が問題なのか 国・自治体そして民間団体とそれぞれの立場で水質改善活動をしている。 国では(野尻湖も指定を受けた)湖沼水質保全特別処置法に指定、県では下水道施設の整備推進や底泥浚渫、周辺自治体ではアオコの回収装置の設置や小規模河川の浄化、そして民間組織は 廃油を利用して粉石鹸を作り利用したり、沼の富栄養を利用し沼面にホテイアオイなどを植えて栽培したりといった活動をしている。 民間組織の数は十数団体に及び おそらく全国でも屈指の数であろう。 しかし データは依然として水質全国ワースト1である。 そうなると小規模な活動では限界があるのは明らかで これ以上の抜本的な効果をあげるには、まず水質悪化のルーツに遡って考える必要があるのではないだろうか。 いくつか列挙してみた 1.周辺人口 手賀沼に流れる流域面積は161km2で 流域の人口は47万人となっている。特に高度経済成長期以降に人口が急増している。 ちなみに 野尻湖周辺で近い数字を探すと 面積は信濃町が149km2でだいたい同じ 人口は長野市が35万人と上田市が12万人で合計がするとだいたい合う。 2.沼の縮小 1960年代の干拓で沼の面積は約1/3に縮小された。その後に水質悪化したのをみても 沼の湛水量減少の伴う浄化能力低下の影響は大きいと考えられる。 3.水量 利根川の流れを東京湾から太平洋に変えた時、沼の上流域部を河が東西に横断する形になった為、現在の手賀沼には山間部を始点とした上流域がない。 太平洋に流れる利根川と東京湾に流れる江戸川の分岐点から下部の周辺地域からのみ沼に流れている。本来流れ込んでいた水量からは随分少なくなっていると推測される。 要するに 沼の処理能力より遙かに多くの排水が流れているので処理しきれずに水質が悪化しているということになる。ただ 沼周辺に汚染源になるような工場等はなく また 農地の化学肥料による影響もそれほど大きくない。 つまり 主原因は周辺住民の生活排水なのだ。 通常このような環境問題は 「加害者」「被害者」が別に存在している。しかし手賀沼に関する限り 沼を汚している加害者と被害を受けている住民が同じなのである。 ● 対策 原因が分かれば 単純には逆のことをすれば元の状態に近くなるはずだが 現在となってはどれも不可能なことばかりである。 現実的な基本方針と進行中を含めた対策を列挙してみた。 1, 沼水を薄める 最も自然界に近く単純な方法である。 現在 国が利水の為に利根川下流からから江戸川にかけて水を通すトンネル(北千葉導水事業)を造っているのだが その一部を手賀沼に流す計画を進めている。このプロジェクトが実行され水が放流されれば、当面は水質が改善される。 2. 沼水を浄化する。 沼一面にホテイアオイを植えてリンや窒素を吸収させるプロジェクトや アオコ除去装置の稼働をしているが大きな水質改善には至らなかったようだ。沼に流れ込む排水量が多すぎて 浄化が追いつかない。 3. 沼に流れ込む水をきれいにする。 結局 この方法が考え方としてはもっとも優れているはずである。現在 下水処理施設や浄化槽でリンや窒素は処理しきれない、これらを処理して肥料に作り替えるような施設が開発されれば 手賀沼浄化の大本命にのし上がることとなる。
先進国になるまでの日本は 環境問題より発展を選択してきた。手賀沼問題はその弊害のひとつである。それにより現在の状況がある以上 今となっては抜本的な対策ができないだけでなく 対策には莫大な費用と高い技術力を必要としている。 |