1988年11月、当時私は大学4年生でした。この年の4月頃、みっちゃん(通称)からある話を持ちかけられました。
 『会社を作らないか?』
 面白い話にすぐ飛びついていました。メンバーはジャンさん(通称),みっちゃんと私の3人。私以外のお二方は私よりも一周り以上年上の方でしたが、それまでのお付き合いの中で気の置けない友人として認められていました。

 当時の神戸(特に灘区・東灘区)ではミニFM局がさかんに活動しており、またこの小さなムーブメントは全国的でもありました。元々、ミニFM紹介本にも掲載されるほど全国的にも有名な神戸のミニFM局『V.O.G.(Voice Of Grass の略)』に所属していたこともあり、そこから独立したあとも、顔は知られずとも名(声?)の知れた存在でもありました。(所属当時、地方紙ですが、神戸新聞のある年の1月2日の1面に、私も写った写真付きで紹介されたこともあります。いずれアップします。)独立直後、私は『RMC(Radio Minoru Club の略)』として単独で活動しましたが、私がV.O.G.に参加する以前からすでに『JBS(Janpex Broadcasting Station の略)』として活動していたジャンさんと、仲間以上の関係で行動を共にすることになったので、私たちも『JBS』を名乗ることにしました。この時から『JBS』という放送局名の意味は『JANNEX BROADCASTING SYSTEM』の略称となり、ジャンさんは『JBS-α』、みっちゃんは『JBS-β』、そして私みのるは『JBS-γ』とそれぞれの放送局名を改名し、この3局で『神戸トライアングルネットワークス』として常に中継し合いながら放送を続け、コアな話題と音質のよいミニFM局として知られていました。
 当初使用していたトランスミッターは、エレキットから発売されていたトランスミッターキットを大幅に改造したものでした。その改造度合いは基板の表のみならず、裏側にもパーツをつけたり、回路パターンを切ってパーツを付けたり、パーツの上にパーツを乗せたりと、原型を留めてはいませんでした。特に重要な周波数の安定度と音質の改善にはジャンさんのアイディアがものすごく、一時は絶えず改造していたりしました。これを元に、『最高のトランスミッター』の開発を始めたのです。そこで出来上がったのが『FM-801』という試作機と、それからしばらく経って『FM-801』をバージョンアップさせ開発した『FM-802』です。後に『FM-801』は私も借りて使っていたこともあったのですが、この2機はあまりの出来のよさに、周囲のミニFM局から何件もの問い合わせがあったぐらいです。(ジャンさん、スゴイ!)
 であれば、「全国のミニFM局の音質と周波数の安定度をよくしてしまおう!」ということで、この試作機をキット化し販売することを計画しました。これが会社設立のきっかけだったのです。
 『FM-801』『FM-802』ではトランスミッター部、VUアンプ部、PLL部など、すべてのセクションが独立基板で組まれていましたが、これらすべてを一枚基板上で再現し、独立基板と同レベルの性能をキープしつつ、キットでの商品化をする予定であったため、ユーザーが容易に製作できるようにデザインするという、非常なる困難を強いられました。(みっちゃん、スゴイ!)
 そうして完成されたものを何度もブラインドテストし、オリジナルソースとのサウンドとの差に違和感のない所までチューニングすることで『ジャネックスサウンド』の確立を目指しました。(俺もスゴイ!)
 そして遂に、『FM-801』『FM-802』を凌駕する名機『FM-803K』が誕生しました。同年8月頃から会社設立準備に入り、11月、神戸市東灘区にて『有限会社 ジャネックス サウンド ラボラトリー』(JANNEX SOUND LABORATORY CO., LTD.)を設立。当時では画期的なFMトランスミッターキット『FM-803K』の販売を始めました。
周波数はPLLでロックし、再生周波数特性は20Hz〜15kHz ±0.5dB、入力段階でのハイカットフィルター(19kHzで-60dB以上)により得られるパイロット信号の影響を受けない澄んだ高域と、逆相成分を含ませない純粋なステレオセパレーションの広さ、バンド幅を有効に使った変調の深いリアルなサウンドは正に秀逸の一言。また、FM-803K単体での販売のみならず、NISHIZAWA製R-55サイズの指針式VUメーター付きでの販売は、過変調をさせず安定した放送を促すための私たちからの願いが込められていました。厳選したパーツや、入手困難なパーツを探し出し、それらを惜しみなく使用。加えて、この商品のためにオリジナルパーツも開発・使用しておりました。パーツ点数は多めですが、その分作り応えもあり、無茶な使い方をしてもPLLロックは外れません。ちなみに、パンフレットと取扱説明書は私の作成したものです。この『FM-803K』のサウンドは、今もって至高であり、伝説でもあります。パッケージに貼られた商品名の脇に『スズメ』と『カマキリ』と『ヒヨコ』の絵がスタンプされていたのは、『スズメ→雀=ジャン=ジャンさん』『カマキリ→みっちゃんの外見』『ヒヨコ→歌っている絵だった』という3人それぞれのイメージを表したものだったのです。「月刊ラジオライフ」誌(三才ブックス)での5分の1ページ広告による通信販売が主でしたが、粗悪なコピー商品まで出現するほどの騒ぎにも。
確か、歌舞伎座の関係者が3,4台購入された記憶が・・・。

 なお、『FM-801』はジャンさんが、『FM-802』はみっちゃんが、『FM-803K』をバージョンアップさせた『FM-803DX』を心臓部に配した『FM-802II』は私が、それぞれ『JBS』時代に使用し、現在も保有しております。これらは3Uケースに収められ、フロントパネルにはNISHIZAWAのR-65サイズのVUメーターがついております。電源は、トランスを同居させるより分けた方がいい結果だったので、2Uの別ユニットになっています。

 1995年、阪神大震災の影響もあって会社運営が困難となり、その2年後、有限会社としての活動にピリオドを打つこととしました。

 時は過ぎ2002年、私が神戸から出てきて6年半が過ぎた頃に、勤めていた会社を辞め、フリーとして音楽制作活動をするにあたって、何か名前が欲しくなりました。

 そこで思い出したのが『JANNEX』です。
 実はこの名前、会社設立の際に商標登録しております。
 その申請の際、「類似する商標があるので登録できない」と通知があったものの、指摘する商標がどう見ても、またどう読んでも同じものとは言えないものだったため、大学時代のちょっとした経験(言語学)を生かし、その非類似性を文章にまとめ、再申請しました。すると、その内容が認められ、めでたく商標登録できました。私のその論文がなければ取れなかったかもしれない曰く付きの商標なのです。それゆえ思い入れもあり、このまま消滅させるのももったいないので、あえてこの『JANNEX』を使用し、活動することとしました。

 なお、それっぽい名前を付けて「会社ごっこ」をしたり、登記簿登録していない音楽事務所を名乗ったり、自費でオリジナルCDを作ってプロもどきのミュージシャンを気取ったり・・・などという低次元なものではないことを、あえて付け加えておきます。