「ここなの?愛ちゃんがもう一度来たかったっていうのは。」
「ええ」
「わあ・・・とてもきれいなところね。」
結、春菜、愛の3人は、市内の小高い丘にある公園にやってきた。
辺りには風力発電の風車がいくつも設置されている。
公園の端、なだらかな芝生の丘陵との境に腰の高さほどの柵があり、
その向こうには結達の住む街が一望できる。
丁度太陽が街の向こうに沈むところで、夕焼けが空を真っ赤に染めている。
素晴らしい眺めだった。
「こんなところに公園があったのね。」
「あたしたち、ずっとこの街に住んでるのに全然しらなかったわ。
愛ちゃん、どうしてこんな素敵なところ知ってたの?」
結が尋ねると、愛は沈みかけの太陽の方に顔を向けた。
「この街に来たばっかりの頃、道を覚えようと思って散歩してる時に見つけたの。
それからは、病院の帰りとか、疲れた時とかによくきてここから街をみていたわ」
「ふうん・・」
愛は柵にもたれ、夕焼けを見つめた。
顔を赤い光に染め、わずかに目を細める。
「私にとって、この街は現実味の無い街だった。ママが入院している間だけ居候し
ている街だと思ってたから。実際、ママを探してコムネットに居る時間の方が
長かったし、コムネットの方が現実的だとも感じていたわ。でも、ここから街を
見ていると何故か落ち着いたの。いつもコムネットの中に入ってばかりいたけど、
身体は現実世界に居るんだってことを、唯一実感させてくれる場所だったのかもしれない。
多分、そうやって今自分が居る位置みたいなものを確認していたのね」
「篠崎さん・・・」
3人は夕焼けの中、しばらく風に吹かれて眼下の街を眺めた。
「でも、私はこの街が大好きよ。」
結が口を開いた。
「コムネットにはいろんな街があるし、現実世界にもいきたいところってあたし
世界中にいっぱいあるんだけど、この街はあたしにとって一番大切な街なの。
だって、あたしが春菜や愛ちゃんと出会ったのはこの街だけなんだもん」
そして、同意を求めるように二人にウィンクする。
「ね?」
春菜はにっこりうなずく。
愛はその言葉に胸をつかれたように結の顔を見つめたが、ゆっくりうなずいた。
風車の羽根が風を切る音が意外なほど大きく辺りの空気を響かせている。
3人は斜面の芝生に座り込んでそれを聞きながら、夕陽が落ちていくのを見守った。
「あーあ、明日自分の家に帰っちゃうのよねー、愛ちゃん」
「もう荷造りは終わった?」
「ええ、荷物といっても私のものだけだから。あとパソコンと」
愛の母親が退院したので、もう瞬の家を出て自分の家に戻ることになっているのだ。
「さみしくなるわね。」
「愛ちゃんの家って、どっちの方?」
結が尋ねる。
「あっちの方。あの山のふもと辺り」
「あの辺かぁー」
「遠いのね・・」
「距離的にはそう遠くないわ。でも交通機関を使ったら遠回りになるの。
・・・現実世界でもコムネットのように空を飛べたら、すぐなんだけど」
ちょうど暗くなりかかった空を横切る鳥を目で追いながら愛は言った。
「そうね。」
「それいい!フォローみたいに、鳥になって飛んで行けたらいいのにね!」
「鳥になって?」
「うん。だって、どこまでも飛んでいけるじゃない?羽根を、こう大きく広げて、
大空を自由にはばたいて、風を切って飛んでくの!あたし小さい頃からずっと
鳥になれたら素敵だなあーって思ってたわ。・・そう、あんなふうに!」
結は飛んでいく鳥を指差した。
鳥はそれに答えたかのように、カァカァと大きな声で鳴いた。
一瞬結の目が点になった。
「あ゛れ?」
「・・・カラスなの?」
愛がなんとも複雑な顔をして結に言った。
春菜の方はといえば、もうくすくす笑っている。
結はうっと言葉に詰まって、
「ちがうぅの〜!!カラスじゃないの!」
むきになって叫んだ。
その結の様子にこらえきれず、ついに愛までがふふっと笑う。
「ひっどーいっ、春菜も愛ちゃんも〜!」
結はますますむくれた。
“でも結、もうあなたは自由に大空を羽ばたいているじゃない、鳥のように”
春菜と愛は笑いながら、それぞれ同じ思いを抱いていた。
もう空には星がひとつ、ふたつと輝きはじめている。
見下ろす街の家々にも明かりが点り、背後の公園では街灯にぽうっと光が入った。
「さ、そろそろ帰りましょう。今夜は篠崎さんのおばさまの快気祝いパーティですもの。」
春菜が言った。
「ええ」
「そうだ、犬養博士ももうきてるかも」
辺りはすっかり真っ暗になっている。
3人が立ち上がろうとした時
「あ、ほらみて!」
結が指差す。
遠い空にはもう、白い三日月が昇っていた。