日常のつぶやき

真夜中の衝動

それはいつも唐突にやってくる。

心地よい眠りから、暗闇の現実へと容赦なく引きずり戻す衝動。

 

トイレに行きたい!

 

意識下において『眠い』と『トイレに行きたい』の熾烈な戦いが繰り広げられていたのだろうか?

とにかくその衝動で目が覚めた時には、私は既に抜き差しならない状況に陥っていた。

今ここでヘックショ〜ン!とクシャミでもしようものなら、私の水道管は間違いなく破裂するだろう。

なのに! ここまで切羽詰った状況であるというのに、『睡魔』というヤツはまだ私を引きとめようとするのだ。

『ガマンしたら、起きる時間までもつんとちゃうか〜。せっかく気持ちよぅ寝てるのに、起きたらダルいでぇ・・。』

ここで私のネボケた意識は考えた。

『時計を見て、起床までの時間がどれくらい残っているかで判断しよう』、と。

枕もとの時計に手をやり、片目を無理やりこじ開けて時間を見る。

午前5時・・・。

非常に微妙な時間である。

7時半に起きるとして、あと2時間半もある。

でも逆に言えば2時間半しか無いのである。

2時間半くらいなら、もしかしてガマン出来るのではないだろうか?

でも思い切ってトイレに行って、スッキリして寝る方が熟睡出来るだろうし・・・。

ここでこんな事を考えているヒマがあれば、トイレに行って帰って来れるだろうに、と思われるかもしれない。

実際のところそうなのかもしれないが、私が夜中にトイレに行くのをためらうのには理由がある。

それは私の視力である。

私は普段コンタクトレンズという文明の利器にお世話になっている。

ところがこの素晴らしい道具も、夜にはケースに入ってお休みになっているのである。

つまり、真夜中の私は、0.01に満たない恐ろしい近眼なのだ。

その近眼の私が、真っ暗な部屋を通り抜けてトイレまでたどり着くのは非常に困難な事である。

今までにだって、真夜中にトイレに行ったがために負傷したケースは何度もある。

子供の夜泣きを経験された方にはわかってもらえると思うが、せっかく安らかに寝息をたてているこの小動物の目を覚まし夜中に凶暴化されるのは、トイレをガマンするよりもツライ一大事なのだ。

しかし前にも書いたように、私の水道管は破裂寸前。

やはり今回は諦めてトイレに向かわなければならないと決心した。

何か横で小動物がゴソゴソ動いたような気はしたが、とにかくそぉっと布団から出て立ち上がり襖に手をかけた。

その途端、今起き上がった布団から蚊の泣くような小さな声で『ママァ?』と声が聞こえた。

あちゃ〜・・・。やっちまったぜっ!

案の定息子が目を覚ましてしまったのだ。

こんな真っ暗な部屋に取り残されては大変! とばかりに、息子はヒクヒクと泣きまねを始める。

ところが、私もトイレに行く決心を固めたあとだったから、今さら後戻りは出来ない。

とりあえず大泣きに入る前に何とかトイレに行かなければっ!

そこで私は急いで子供の横に座って背中をさすりながらこう言ってみた。

『起こしちゃった? ごめんね。大丈夫だよ。ママはチーに行くだけだよ。すぐに帰ってくるから心配ないよ。待っててくれるかなぁ?息子は強いもん! 待てるよねぇ? チーしたらすぐに戻ってくるから、すぐだから、ね!』

うちの子はまだ1歳と4ヶ月。

言っても無駄であろうことは予想がつく。

でもこれ以外どうする方法も見当たらず、私は後ろ髪を引かれる思いでトイレに走った。(ちょっと大げさ・笑)

この真っ暗な中を後追いしてきてケガをしたりしないだろうか?

トイレの戸を半開きにして部屋の様子を遠くから伺いながら何とか私は用を足した。

急いで部屋の方へ戻ると、息子は襖に手をかけて半泣きで立っていた。

私の姿を確認すると、『ママ?・・』と呼びかけて走ってくる。

すぐに抱き上げて『ごめんね、もう何処へも行かないよ。大丈夫だよ。』と言うと、息子は少し安心したように『ママッ!』と叫んでしがみついて来た。

息子は1歳4ヶ月の子供なりに、私のただならぬ気配を察知して待っていてくれたのだろう。

私のいない暗闇の数分は、彼にとってはとても長く恐ろしいものだったに違いない。

布団に入ってからも私から手をはなすことなく、延々小1時間も『マ〜マ』と呼びつづけていた。

私は思った。『トイレにくらい気兼ねなく落ち着いて行かせてくれ!』と。

でも同時にこうも思った。『この子は私が守ってやらなければいけないんだ。私のぬくもりを必要としているんだ』と・・・。

 

真夜中の衝動は、暑い夏でも寒い冬でもお構いなしにやってくる。

これから季節は冬。

布団から出るべきか、それともムズムズしながら目覚まし時計が鳴るまで布団にしがみついているべきか・・。

また新たな問題を加えながら、今日も私は真夜中を迎える・・・。

2000/10/23