日常のつぶやき

花魁家業も楽じゃない

私は数年前、吉原の遊女でした(笑)。

と言っても本当にそういうお仕事をしていたわけでは無くて(当たり前か・・・)、京都で有名な「映画村」という観光地でモデルをしておりました。

これは非常に貴重な体験でしたね。

数キロのカツラをかぶり数キロの衣装(着物)をつけて、朝の10時から5時まで座りつづけるお仕事。

普通では考えられないくらい大変な仕事なんだけど、望んでもなかなか出来る事ではないので、やりがいを持ってお仕事しておりました。

映画村に来られた事のある方はご存知かも知れませんが、村内には数名の時代劇扮装をした役者さんが歩いています。

これは、映画村に隣接する「俳優養成所」で勉強中の方、「ミス映画村」に選ばれた方、あとはこれを生業としておられる本物の役者さんにしか出来ません。

ところが「吉原通り」の「花魁(おいらん)」だけは、少し違うのです。

一番最初に「花魁」モデルをされた方が、本物の芸者さんだった流れからか、ここだけは映画村関係者がやるお仕事とは限られていなかったのです。

私はたまたま映画村で仕事をしていた友人の紹介で働くことになり、他の仕事と兼業でモデルにしていただいたのです。

ガラス張りの部屋(赤い格子で囲われている)に座り、お客様が来られると煙管(キセル)を持ってポーズを撮ります。

写真はプロ用のポラロイドなので、数分でお渡しすることが可能です。

見た目には本当に美しく、憧れの視線をいっぱいに受ける事ができるので、とても素晴らしい仕事に見えると思います。

でもどんな仕事でもそうですが、決して「楽」をしてお金儲けができるという事は無いんですよね。

朝、控え室に入ると浴衣に着替え、早速自分で化粧をします。

(これは初日に一回だけ先輩に化粧をしてもらうだけで、次の日からはひとりで全部しなければなりません。)

化粧が終わる頃を見計らって、同じ職場の人が襟足に白粉を塗りに来てくれます。

(舞妓さんや芸者さんの首筋、見た事ありますか? 「W」型に首を塗るんですよ。)

襟足の白粉が終わると、今度はカツラをつける為に「結髪(ケッパツ)」さんへ急ぎます。

ここからは本物の俳優さんも手がけておられるプロの仕事です。

(私がモデルをしていた頃の前半は、映画村の中ではなくてお隣の撮影所まで出向いてカツラをつけていただいていたので、いろんな俳優さんと同席させていただきました。ちょっと自慢(笑))

この結髪さんというのは皆さん職人気質の塊みたいな方々で、何回行っても緊張するところでした。(こわいんだもん・・・)

カツラをつけ終わると、最後に衣装を付けに行きます。

一番上の着物だけは撮影場所で付けるので、ここではまだ少し軽いです。

そして下駄を履いて撮影場所である吉原通りへと歩きます。

この時にはすでに映画村は開村しており、たくさんのお客様がおられる中を進むので、時には写真を撮ろうと道をふさがれることもありました。

ところが村内の他の扮装役者さんは撮影OKなのに、花魁だけは撮影料を別に頂いて写真をお撮りする仕事なので、道で気軽に撮影に応じる事は出来ないのです。

だから防げる限りは手で顔を隠すなどの防御をしなければなりませんでした。(結構つらかったです。)

撮影が行われる部屋に到着すると、最後の着物に袖を通し、花魁特有の前帯を付けて正座します。

ただ時間が長いので、私は「正座イス」という足にはさむ小さなイスを使わせて頂いておりました。

あとはお客様が来られるのを待つだけです。

遠くから見ていても「まさか本物の花魁がいる」とは思っていない人が多く、ちょっと髪(カツラ)を触る動作などすると、「キャ〜!!人形が動いたぁ!!!!!」と大声をあげてびっくりされる方もおられました。

それから修学旅行の中学生などには良くサインを求められました。

花魁の名前をペンで書き、その上に小指でそっと唇の紅をとって付けるのが花魁のサインでした。

私など言ってみれば普通の人間なのに、サインなどしても良いものだろうかと最初のうちは悩みましたが、ここに座っているのはプロの手によって蘇させられた「花魁」なのだからと思い、サインする事にしました。

そのサインを大事そうに持って帰ってくれるお客様には、きっと良い思い出になっただろうと勝手に思いながら・・・。

時には多感な男子中学生の質問責めにあったり、千鳥足のおじさんに抱きつかれたりと、どちらかと言えば嫌な思い出もありますが、やっていて良かったと思える出来事も多々ありました。

ある時吉原通りをやってきた舞妓さん(実は60歳をはるかに超えたおばあ様でした。)は特に私の印象に残っておられます。

この方は若いときから「花魁」の衣装に憧れておられたそうで「いつか自分もあの衣装を身にまといたいと思っていたのに、気がついたらおばぁちゃんになってたのよ」と笑っておられました。

映画村に行けば「扮装」して村内を歩けるのだと知って、是非とも「花魁」になりたいという夢を実現したくなって来村されたのだそうです。

ところが「花魁」に扮装することは出来るのですが、この「花魁」だけは着物のせいで村内を歩けないという事を知り、またあの重い衣装とカツラをつけるのは年をとった体には負担が大きいという理由もあいまって、結局「舞妓」扮装をお選びになったのだそうです。

おばあ様は確かにお世辞にも「美しい」と言えるような変身ぶりではありませんでしたが、その顔のシワが今までの苦労を物語っているように見え、またどんなに美しい「舞妓」さんにも負けないくらいの柔らかな笑顔をしていらっしゃいました。

私の横に座り写真を撮ったあとで、私の手を握り締めて「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げられたおばあ様の喜びは、きっと誰にも計り知れないほど大きかったのだと思っています。

仕事というのはお金を稼ぐための手段になることが多く、何の不満も持たずにやっていくのは難しいと思います。

もちろん自分の仕事に誇りを持って楽しく働いておられる方もたくさんおられるでしょうが、その方々にだって不満が一つも無いなんてことは有り得ないんじゃないでしょうか。

だから私が考えるに、その仕事への不満と満足のバランスが保たれてこそ、自分にとっての「天職」といえるのではないでしょうか。

私もいろいろな世界で本当にいろいろな「仕事」をさせていただきましたが、あの一番の重労働だった「花魁」モデルのお仕事こそが私の天職だったように思います。

今は育児と家事という仕事中で、それなりの満足とたっぷりの不満(笑)を交互に感じています。

これが私の天職であるかと聞かれても、今は答える自信がありません。

でも何年か先に「やって良かった」と思える仕事にするために、日々努力しようと思っているママなのでした。

2000/04/21