Sarpadian Empires Vol. VI

 

 IcatiaはTrokair市などの都市からなる協議制の帝国である。Icatiaは人口のほとんどは人間の帝国で、都市間はもちろん異種族の帝国とも積極的に交易を通して交流を行うことで Sarpadiaのどの帝国より繁栄していた。

 Icatiaは他の文化の優れた技術や文化を柔軟に取り込み、またたくまに発展した。例えば他との交易を行う必要から金融機構が発達した。また功績を元にした昇進制度を持つ常設軍が作られ、平時は安全な交易路を確保する為、街や街道の警備に当たった。Sarpadia中のあらゆる社会から集められ整理された医学薬学の知識によって医学知識は大いに発展した。

 Icatiaは北のVodalia帝国のMerfolk、東のHavenwoodの森のElf、南のCrimson PeakのDwarfの帝国の3帝国とは条約を結び、交易を行っていたが、西のEbonHand教団とは交易を行っていなかった。

 これはIcatia帝国内で最も有力な宗教であるLeitbur教団を含めた幾つかの教団が、EbonHand教団を邪教とみなし敵視していた事に加え、EbonHand教団の本拠の沼沢地が、資源の貧しい見捨てられた地域で商人達の食指が動かなかった事に起因している。

 Icatia帝国はEbonHand教団を国とは認めず、攻撃を行うほどに脅威ではない為、これを無視していた。

 そうした背景から、IcatiaはEbonHandを滅ぼそうとはしなかったものの、Leitbur教団がその精強な騎士団をもってEbonHand教団本拠に対して数度の攻撃を行う事に対しても、干渉はしなかった。

 これほどまでに敵対していた EbonHand教団 と Leitbur 教団の間には共通した起源があったことを暗示するような興味深い類似性がある。

 Leitbur教団は、定期的に世界を浄化するといわれる聖なる代理人 Hand of Justice を信仰していたが、EbonHand教団の信仰するEbon Praetorも同様の側面をもっている。たまたまIcatiaで発展したのがLeitbur教団であるだけで、実際には Leitbur 教団ですらSarpadiaの多くの宗教分派の中の一つにすぎないとの指摘も存在する。そして近しい宗教ゆえに2教団はこれほど対立するのだとも。

 

 

 寒冷化にともない、Icatia以外の帝国は次々と窮地に追いやられていった。そして他の帝国と異なり突然の敵の出現が無く、十分な備蓄を行っていたIcatiaにしても苦しい戦いを続ける諸帝国から救援要請の全てを賄える程の余裕はなかった。

 微妙な関係が続くEbon Hand教団に対してDwarf帝国の救援を要請した事からもそれは明らかであった。

 Ebon Hand教団はこの要請を受けた。Ebon Hand教団はDwarfと特別な交流があったわけではなく、純粋な善意からでもなかった。

 「漆黒の手」指導者は兼ねてより、非人間種族がしばしば活用可能な特別な才能を持つ事に気付いており、今回のDwarfの窮状を救うことで能力の優れた異種族の教徒を増やそうと目論んでいたのだ。

 Dwarfに対する支援活動を行う間 EbonHand教団に対して挙兵しない誓いを正式に行っても良いという条件がIcatiaから提示された事も手伝い、Ivra JursdotterをリーダーとしたEbon Hand教団の傭兵隊と司祭の一団がDwarfの窮状を救う為に旅立った。

 

 しかし、その甲斐もなくDrawf達の帝国が救われる事はなかった。Ebon Hand教団の傭兵隊が無事にたどりつけたのか −あるいは裏切ってGoblin,Orc共の味方したのかさえ− 明らかにはなっていない。そしてDwarfの帝国を滅ぼしたGoblinとOrcは次なる侵略先に豊かなIcatia帝国を選んだ。

 Icatiaの人々は長い間警戒していた Ebon Hand 教団でなく、 Goblin と Orc の襲撃軍というより大きい脅威に直面することとなった。OrcとGoblinの襲撃隊は手始めにIcatiaの国境に位置する都市、Montfordに圧倒的な戦力で奇襲攻撃をかけたが、あっさりと撃退されてしまう。

 このMontfordの戦いでGoblinとOrcが敗れたのは幾つかの要因が重なった為であった。まずIcatiaの斥候兵の働きによって常に敵の状況を把握できた事。Icatiaの兵が粘り強く戦いぬいた事。優れた医療術を持つ医師団が戦場を駆け抜け、傷ついた兵を次々と処置してまわり、数少ない兵力を最大限に保ちつづけた事。最後にこれらを纏めた士官は皆、精神面・肉体面を含めたあらゆるテストをクリアした優秀な人物であり、用兵が巧みであった事‥‥

 予想外に戦いが長引いた事がやがて臆病なOrc族の中でも特別臆病な一部のOrcの敵前逃亡を引き起こした。仲間の一部が一部が逃げ出した事に気付くと他のOrcも次々と逃げ出し始め、Orc・Goblin混成軍の戦力は時間と共に減少し、最後は全軍敗走する事となった。

 

 Montfordの戦いの中、命懸けで敵の正確な位置と状況を伝えつづけた斥候のAllis Connautはその活躍によって騎士に叙された。奇襲攻撃を好み、数の優位ともつ混成軍との戦いは戦線が拡大する一方であり、斥候兵の重要さが再認識される事となった。

 また、Icatiaは民間から志願を募って散兵隊を組織した。彼らは奇襲を掛けてきた敵が街に着く前に注意を集め、守備兵達が準備を整えるごく僅かな、しかし非常に貴重な時間を稼いだ。少数で敵の大軍に立ち向かう散兵隊は常に巨大な損失を受けたが、その志願者が不足する事は決してなかった。

 

 一方、Orc達も初期のMontford攻略戦での失敗に多くを学び、その血に潜む臆病さを克服していった。依然として勇敢なIcatiaの兵隊のそれとは比べるべくもなかったが、これによって少なくとも混成軍の数の優位が揺るぐ事はなくなった。

 小柄で素早く少々おつむの足りない Goblin をスパイとしたり、Dwarf都市を陥落に一役買った戦鼓やGoblin Kite,そしてGobin Granede なども用いられた。これらの武器の信頼性が相変わらずなら、効果の程も相変わらずであった。Goblinの圧倒的な数の優位なしには決して成功を納められなかったであろうが、GoblinはDwarfとの戦いと同様、損害以上に繁殖し、数の優位を保ちつづけIcariaを次第に追いつめていった。

 

 混成軍の大挙と前後してIcatia内部ではLeitbur教団の牧師Oliver FarrelがIcatiaに対して叛乱を起こした。彼はEbon Hand教団を見逃し続けた事が寒冷化による不作やGoblin,Orcによる襲撃など諸問題の原因であると主張し始めた。

 Icatiaの各都市では異種族の帝国の全てが戦乱に巻き込まれ、交易が途絶えた事で十分な物資が手に入らないようになっていた。職を失う人が増え、徐々に民衆の間に不安と恐れが広がるなか Farrelの主張は現状への不満を持つ人々に受け入れられた。

 この過激な主張に対して全面的な肯定をしない人であっても、Icatia政府が Ebon Hand教団に対して手を打たなかった事を非難する声は多く、政府は苦しい対応に追われた。

 多くの信奉者と彼らの指導者的地位を得たFarrelはLeitbur教団を離れ、独自に活動を始めた。Farrelとその信奉者は公正さと美徳とし、それを持ち続ける事を重んじた。

 しかし都合の悪い原因を全て政府に押し付けるような主張に賛同する不満分子の寄り集まりである信奉者達にとって、「公正さ」が一般的なそれと乖離する事も少なくなかった。

 その強すぎる信念が他の意見を受け入れない頑迷さと、目的の為には手段を選ばない非情さを生み、徐々にIcatia政府や民衆との確執を深めていった。

 そしてTrokair の陥落後、Farrel と彼の信奉者はついに Icatia に対して正式に宣戦布告を行った。彼らは自警団を組織してIcatiaとEbonHand教団の両帝国の人々を襲うようになった。

 

 GoblinとOrcの苛烈な攻撃の前に Icatiaの街はひとつ、またひとつと陥落していった。Icatiaの未来が絶望的であることは誰の目からも明らかであったが、それでも彼らは戦いをやめなかった。

 このころEbon Hand教団は既に滅亡していた。実はFarrelはIcatiaにEbon Hand教団に対しての聖戦をけしかけ、IcatiaがEbonHand教団との戦いで疲弊している時を狙って叛乱を起こす事を狙っていたらしいのだが、その構想は果たされる事は無く、FarrelのIcatia支配は夢と終わった。

 

 この状況に至ってもIcatiaの兵は降伏する事なく最後まで戦い続けた。半ダースもの箇所で城壁が破られた後でさえも、突撃してくる襲撃者に対して歩兵隊はねばり強く抵抗した。恐るべき損害に見舞われながらも、訓練された通り、献身的に、彼らは最後まで防衛線を死守したのだ。

 Orcの徹底した奇襲作戦はIcatiaの全ての街を最前線に変えた。未だ陥落していない幸運な都市においても奇襲を常に警戒し、平穏な夜が訪れる事はけしてなかった。いかなる時でも戦えるよう常に武装し周囲を警戒し、野宿を続ける彼らは武装した野営者集団以外の何者でもなかった。

 いかにIcatiaの士官が優秀であるにしても、無から有を生み出す魔術師とは違う。OrcやGoblinの頭にに戦略や戦術などという文字はなかったが、己が特長を生かす戦い方を知っていた。なにより彼我の戦力差はいかんともしがたかった。

 CombatMedicsなしに、Icatia はOrcやGoblinといった混沌の勢力に対してこれほど耐える事はなかったであろう。しかし優れた技術を持つ彼らにしても諸帝国との交易で得られる多様な薬品無しに十分な力を発揮する事は難しい。Balm of Restorationの様な高度で便利な薬は真っ先になくなったし、それ以外の基礎的な医療品が尽きるのも時間の問題であった。

 Icatia軍が敵のスパイに対してそうであったように、GoblinとOrcは偵察兵を見逃さないようになった。偵察兵の危険度は上がる一方であり、生還者も減っていった。

 

‥‥それでも。

 彼らは僅かな兵を指揮し叱咤し1秒でも長く抵抗する事に砕身した。

 彼らは一時期の洗練された施療とはかけ離れた方法で兵の負傷を癒しつづけた。

 彼らは敵の情報を得る為単身敵地に乗り込んでいった。

 

 

”降伏するなかれ” − Icatiaの城壁に彫られた標語は同じくOrcとGoblinに滅ぼされたDwarfが墓石に残したそれが意味する所と良く似ていた。

 

 

勇敢なるIcatia帝国はSarpadiaの五帝国の一番最後に陥落した

 

この言葉が彼らの都市を最後まで護り

果たせず死んでいったIcatia人に対しての

手向けとなる事を信じて

 

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