古典派の弦楽


試聴記

*CD番号は私が買ったときのものです。購入される場合は必ずご自分でチェックしてください。



■ボッケリーニ(1743-1805):チェロ・ソナタ集

(SONY SRCR9152)
 ボッケリーニのチェロの曲といえばチェロ協奏曲変ロ長調G.482が圧倒的に有名でCDの数も多い。しかしこの曲でさえ,今日弾かれるのは後世のフリードリッヒ・グリュッマッハーが編曲した版によることが多い。その他の協奏曲が一般に演奏される機会はほとんどない。チェロ・ソナタに至っては現代楽器の名手が取り上げること自体が稀である。名前は昔から比較的有名ながら冷遇されている作曲家の典型がボッケリーニであろう。バロック・チェロの名手ビルスマがもう一台のバロック・チェロあるいはフォルテピアノを伴奏に5曲のソナタと3曲の「2つのチェロのためのフーガ」を演奏した本盤は,ボッケリーニのチェロ・ソナタの神髄をおそらくはじめて明らかにした画期的な演奏ではなかろうか。チェロも伴奏楽器もモダン楽器では,音が大きく重た過ぎてボッケリーニ本来の「軽やかさ」,「繊細さ」が生きてこない。しかし,ただオリジナル楽器であればいいという訳ではもちろんなくて,ビルスマのような技術的にも音楽的にも傑出した名手だからこそ,このような新しい発見に満ちた演奏が可能になったのはもちろんである。ソナタ変ロ長調G.8は最終楽章アレグロのピッコロを思わせる超高音の急速なパッセージがすごい。ボッケリーニがヴァイオリンでいえばパガニーニに匹敵するチェロの名手であったことを髣髴とさせる驚くべき技巧的音楽である。ソナタハ短調G.2は収録曲の中で唯一の短調のソナタ(全楽章ともハ短調)で2台のチェロによる軽やかな悲しみに満ちた曲想が素晴らしい。ソナタへ長調G.9は第1楽章のイタリア的な伸びやかな旋律が印象的。伴奏のフォルテ・ピアノも美しい。ソナタ変ホ長調G.10は第3楽章の優美なメヌエット主題を奏する2台のチェロの掛け合いが素晴らしい。ソナタト長調G.15はディスクの最後を飾るのにふさわしい明るく輝かしいソナタ。1,2楽章にはロマンティックな味わいがあって面白い。終楽章はチェロの名人芸を駆使しながらの転調が劇的である。「2つのチェロのためのフーガ」はいずれも練習曲的な性格が強い。


■ヴィオッティ(1755-1824):ヴァイオリン協奏曲第22番・第23番

(PHILIPS 30CD-3029)
 ヴィオッティはイタリアのヴァイオリニスト・ヴァイオリン教師兼作曲家で,29曲ものヴァイオリン協奏曲を残しているが,鑑賞に堪えるのは第22番のイ短調の曲しかない。(このCDに収められている23番も比較的知られているが,私には少しも面白いとは思われない。)第22番の協奏曲についての解説を読むと,必ず「ブラームスはベートーヴェンの協奏曲よりもヴィオッティの協奏曲を好み,ヨアヒムのヴァイオリン,彼のピアノで合奏を楽しむたびに賛嘆を惜しまなかった。」という類のことが書いてある。これはなぜかということをブラームスの立場になって想像してみると,(1)ヴィオッティは生年がモーツァルトよりも早く(ベートーヴェンより15歳よりも年長),時代としては完全に古典派の時代に生きたにもかかわらず,曲想が完全にロマン的である。なんと時代を先取りした曲であることか,(2)ブラームスは自分やベートーヴェンにはないもの,すなわちイタリアの美しいカンタービレに憧れていた。ヴィオッティの協奏曲,とくに第1楽章は素晴らしいイタリアン・カンタービレのオン・パレードである。しかもパガニーニの協奏曲などとは違って高雅で端正な美しさに満ちている…とこんなところだろうか。ともかく,この協奏曲の素晴らしさを知るには実際に聴いてみるしかない。私の母によると,戦後NHKラジオのクラシック音楽番組のテーマ曲にヴィオッティのこの曲の第1楽章が使われ,音楽ファンに感動を与えたそうだ。私自身がこの曲を聴いたのは母からこの話を聴いて大分たってからであったが,第1楽章のイ短調の第1主題をヴァイオリンが弾き出すのを初めて聴いたときの感動は忘れられない。ベルギーの女流奏者ボベスコは技術的にはさほど高いものを持っているわけではないので,高度な技術を要する大曲などには向いていないが,フランコ=ベルギー派伝統の端正な美音がヴィオッティのこの曲には素晴らしくマッチしている。


■モーツァルト(1756-1791):ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲K.423ト長調・K.424変ロ長調

(POLYDOR POCG-1176)
 K.423ト長調とK.424変ロ長調の2曲のヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲は,モーツァルトの作品全体の中でも地味な曲の部類に入り,実演で聴く機会はまずないだろう。ヴァイオリンとヴィオラという珍しい編成のデュオだが,さすがモーツァルトだけあって,構成,曲想共に見事である。ヴィオラも決してただの伴奏に終わっていない。K.423は第1楽章の和声の面白さ,第2楽章の繊細なアダージョ,第3楽章の楽しいロンドが聴き物である。一方K.424は第1楽章のオペラのデュエットのような掛け合いの面白さ,第2楽章の美しいアンダンテ・カンタービレ,第3楽章の素晴らしい変奏曲に惹かれる。2曲とももっと演奏され,聴かれてもよい傑作であろう。ヴァイオリンがクレーメル,ヴィオラがカシュカシャンという現代屈指の名手達によるデュオは古典的というより才気煥発という感じの演奏で,2人の技術と表現の幅の広さはさすがに見事。