近・現代の弦楽


試聴記

*CD番号は私が買ったときのものです。購入される場合は必ずご自分でチェックしてください。




■イザイ(1858-1931):無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(全6曲)

(EMI TOCE-8585)
 ベルギーの大ヴァイオリニストだったイザイは同時に優れた作曲家でもあった。その代表作が全6曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタであるが,一流のプロをもってしても完璧に弾くことが困難な難技巧,クライスラーやヴィエニャフスキの小品のような甘い旋律性とは無縁の晦渋さ,現代音楽に通じる前衛性などが,この曲の一般への普及をはばんできたのではないかと思われる。しかし,最近では若手ヴァイオリニストの全曲録音も徐々に増えてきた。これは大変喜ばしいことだ。というのもイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは全6曲を聴いてこそ,イザイの書法の多様性,イマジネーションの豊かさが分かってくると思うからである。
 シゲティに捧げられた第1番は最も前衛的で技巧的にも「超」がつく難曲。バッハのフーガの影響が感じられるところがおもしろい。ティボーに捧げられた第2番はいきなりバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番冒頭の急速な主題が出てきてびっくりさせるが,そのあとすぐにグレゴリオ聖歌の有名な「怒りの日」の主題が出てきて,この主題が全曲を支配する。私はなんともいえない悲しみに満ちたこの第2番が6曲の中で一番好きだ。エネスコに捧げられた第3番は1楽章だけでわずか7分の小曲だが,めまぐるしく変わるテンポと曲調がまさにエネスコの曲の即興性を感じさせる。第4番はクライスラーに捧げられたこともあってか旋律性に富み,華麗で技巧的なフィナーレは演奏効果も十分。弟子のクリックボームに捧げられた第5番は第2楽章の「田舎の踊り」の民俗性とそれに続く印象派的な第3楽章がおもしろい。スペインのヴァイオリニスト・キロガに捧げられた最後の第6番も第3番と同じく7分足らずの小曲だが,スペイン風というよりはパガニーニを現代風にした感じの曲。ドイツの若き名手フランク・ペーター・ツィンマーマンの技巧は完璧で,どんなに難しそうなところでもあっさりと弾いてのけるのは驚くほどである。しかし,一方で彼の表現は非常に繊細で,音量やヴィブラートの変化を細かくつけ,決して一本調子には弾かないため,6曲続けて聴いても技巧だけが勝った退屈な曲という感じは少しもしない。イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは,きわめて少数の限られた名手によって弾かれることによってのみ真価が現れる名作といってよいだろう。
 このCDにはイザイが若いときの作品であるピアノ伴奏つきの「悲劇的な詩」と「子供の夢」の2曲が最後に収められており,6曲のソナタ集とは全く違って完全に「ロマン派」の音楽である。こちらの方もいい。



■ギドン・クレーメル/ア・パガニーニ

(POLYDOR 415 484-2)
 パガニーニ(1782-1840)といえば,言うまでもなくヴァイオリン史上最高のヴィルトゥオーゾで,彼の実演は同時代のショパン,シューマン,シューベルト,ベルリオーズといったロマン派の大作曲家たちに多大な衝撃と感銘を与えた。彼の音楽界における「地位」は現在よりずっと高かったのである。パガニーニに傾倒したロマン派の作曲家の中には,彼の主題を使った曲を書く者も多かった。しかし,そのような「パガニーニ讃」というべき曲の中で現在よく演奏される曲は,なぜかピアノの曲が多い。リストの「ラ・カンパネラ」しかり,ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」しかり。意外とパガニーニを直接連想させるヴァイオリン曲は少ない。パガニーニのヴァイオリン曲にはすでに極限ともいうべきヴァイオリンの技巧が使われているために,後のヴァイオリニストや作曲家がパガニーニのスタイルを直接踏襲したり,彼の主題を借りてくるのは難しかったのではなかろうか。
 このアルバムは,現代のパガニーニとも言うべき超絶技巧とシャープなセンスを兼ね備えた最高の名手ギドン・クレーメルが,パガニーニに対するオマージュというべき無伴奏ヴァイオリンのための曲を4曲弾いたものである。1曲目は20世紀前〜中半の大ヴァイオリニストであったミルシテインの「パガニーニアーナ」で,パガニーニの有名な「カプリース第24番」の主題を使った技巧的な変奏曲。2曲目は日本でも有名な現代作曲家シュニトケ(1934-1998)の「ア・パガニーニ」で,前衛的な表現の中にパガニーニの音楽がふっと顔を出す。クレーメルはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でシュニトケのカデンツァを弾いたこともあり,シュニトケの音楽によほど愛着があるのだろう。3曲目は唯一ロマン派時代のヴィルトゥオーゾ,エルンスト(1814-1865)による「夏の名残のバラ(庭の千草)変奏曲」。曲想自体はパガニーニの音楽と直接関係ないが,パガニーニの後を付け回し,その技術を盗もうとした人の作だけに,パガニーニに勝るとも劣らない超絶技巧のオン・パレードといった感がある。美しい素朴なアイルランド民謡をこんな風にしちゃって…と嘆かれる方も多いに違いないが,ヴァイオリンにはこういうすごい弾き方があるんだよという話のネタにはなる曲である。4曲目のロッホベルク(1918-)「カプリース変奏曲」は約30分の大曲で,ミルシテイン同様「カプリース第24番」をモチーフとしながらも,ベートーヴェンの第7交響曲フィナーレやマーラーの第5交響曲スケルツォ,さらにはウェーベルンのパッサカリアなども使った変幻自在の変奏曲である。こうして4曲全部聴いてみると,昔から現在に至るまで,パガニーニの「カプリース第24番」にインスピレーションを得た音楽家がいかに多いか分かる。ヴァイオリンの技術的可能性を極限まで追求した選曲と演奏は,クレーメルだからこそできたと言えるだろう。