ロマン派の弦楽

試聴記

*CD番号は私が買ったときのものです。購入される場合は必ずご自分でチェックしてください。




■シベリウス(1865-1957):ヴァイオリン協奏曲/ブルッフ(1838-1920):「スコットランド幻想曲」

(SONY SRCR 9651)
 シベリウスのヴァイオリン協奏曲は北欧の抒情がひたひたと迫る近代ヴァイオリン協奏曲屈指の名作。今さら私が多言を費やすことはないであろう。私としては,彼の7曲の交響曲,「フィンランディア」,「カレリア組曲」などの管弦楽曲を合わせたすべての作品よりもこのヴァイオリン協奏曲一曲を高く買いたい。後期の交響曲に感じられるような晦渋さは全くなく,実にヴァイオリンがよく歌う。それでいて甘いというのとは違って緊張感のみなぎるクールな音楽が流れていく。非常に有名曲なので一流のヴァイオリニストはほとんど録音している。いろいろな演奏を聴き比べてみるのも楽しい。
 一方ブルッフの「スコットランド幻想曲」はずっと甘くロマンティックな曲だが,ヴァイオリン好き,イギリス民謡好きにはこたえられない作品である。ブルッフといえば「ヴァイオリン協奏曲第一番ト短調」が非常にポピュラーで,私もブルッフといえばこの曲から入った口だ。「スコットランド幻想曲」を初めて聴いたのはずっと後になってからだが,最近はブルッフを聴くとしたらもっぱら「スコットランド幻想曲」の方である。旋律楽器としてのヴァイオリンを「とことん歌わせる」という,よくも悪くもブルッフらしさが「スコットランド幻想曲」の方によく出ているからである。
 この曲は序奏とそれに続く4楽章からなるが,ブルッフはそれぞれの楽章の主題に魅力的なスコットランド民謡を用いた。第1楽章アダージョ・カンタービレでは非常に美しくロマンティックな「Thro' the Wood, Laddie(森を抜けながら,若者よ)」が情緒纏綿と歌われる。第2楽章アレグロでは「The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)」という軽快で陽気な民謡が使われる。低音の伴奏はスコットランドのバグパイプを模したもの。第3楽章アンダンテ・ソステヌートでは再び抒情的な民謡「I'm a' doun for lack o' Johnnie(ジョニーがいなくてがっかり)」が使われている。木管やハープの伴奏が美しい。そして最終第4楽章フィナーレ アレグロ・グェリエロは勇壮な行進曲風の旋律「Hey, now the day daws(さあ,夜が明ける)」をソロが力強く弾いて始まる。この旋律は,スコットランド王ロバート・ザ・ブルースが1314年バノックバーンの戦いでエドワード2世のイングランド軍を破ってスコットランドの独立を承認させたときに歌われた行進曲だと言われる。真偽のほどは明らかでないが,いかにも「俺たちは勝ったんだ!」という感じの勇ましい曲だ。この楽章では,この力強い旋律とロマンティックな副主題が交替で登場し,ヴァイオリンの華麗な技巧による変奏が息つく暇もなく次々と展開されて全曲のクライマックスを築いていく。終結部で第1楽章のアダージョで使われた「森を抜けながら,若者よ」の甘い旋律が回想される部分の美しさは筆舌に尽くしがたい。ブルッフがオリジナルのスコットランド民謡にどれほど手を加えているのか知らないが,彼のおかげで魅力的なスコットランド民謡のいくつかが世界に知られることになったことだけは間違いない。

 五嶋みどり1993年,21歳のときの録音。シベリウス,ブルッフともに技巧は完璧で,21歳とは思われないほど表現力豊か。とくに華やかなブルッフには彼女のよさが出ている。デビュー時からのよき理解者ズービン・メータとイスラエル・フィルとの呼吸もぴったり合っている。30歳になった五嶋みどりの特集番組が先日NHKで放映されたが,彼女のますますの発展を期待したいものである。イギリスものの録音も積極的に行ってほしい。



■シベリウス(1835-1880):ヴァイオリンとピアノのための音楽Vol.1

(BIS CD-525)
 シベリウスといえば「ヴァイオリン協奏曲」だけと思っている方にお薦めしたいロマンティックなヴァイオリン小品集。ヴァイオリニストを志していたシベリウスだけに,ヴァイオリンという楽器は彼にとって最も身近な楽器であったに違いない。彼自身が友人の前で弾いていたのではないかと思わせるような優しさ,親密さがどの曲にもある。交響曲や協奏曲といった大曲のシベリウスもよいけど,こういうアット・ホームな雰囲気のシベリウスもすてきだ。演奏者のスパルフはスウェーデンのヴァイオリニストだが,ピアノ伴奏ともども愛情のこもった細やかな演奏をしている。




■シューマン(1810-1856):ヴァイオリン協奏曲ニ短調 他

(DENON COCQ-85196)
 シューマンの協奏曲でダントツに演奏頻度が高いのはピアノ協奏曲で次がチェロ協奏曲,そしてこのヴァイオリン協奏曲ともなると実演の機会もCDの数もきわめて少ない。そもそも初演からして作曲から85年後の1937年になってようやく実現した悲運の協奏曲である。これは,この曲がシューマン晩年の精神病がかなり進んだ段階の作品で「音楽的に混乱している」部分があることや,ソロ・ヴァイオリンが技術的に滅法難しい割に華やかな演奏効果がさっぱり上がらないためと言われる。しかし,シューマンの音楽が好きな人ならば耳を傾けずにはいられない影のある美しさ,痛切な心の叫びは他の曲をもってかえがたい。どんなに演奏機会やCDが少なかろうと,ヴァイオリニストや評論家の評判が芳しくなかろうと,私のこの曲に対する愛着は変わらない。第1楽章のうめくようなリズムを持った第1主題,一転して心の平静を取り戻したといった感じの美しい第2主題,第2楽章の美しい変ロ長調の主題,第3楽章の無理に明るく努めようとしているかのようなロンド主題と「混乱」したクライマックス。後輩ブラームスの計算し尽くされた緻密なヴァイオリン協奏曲に比べて完成度は著しく低いが,そのかわりシューマンの協奏曲にはブラームスの曲にはない自由なファンタジーの飛翔がある。昔FM放送で聴いてこの協奏曲を知るきっかけとなった往年の名手クーレンカンプの演奏は情熱的で見事なものだったが,いかんせん録音が貧しすぎる。ソリストに現代フランスの名手カントロフを立てたこのCDはシューマンのヴァイオリン協奏曲を聴くための貴重な録音。曲想を意識してかいつものカントロフより重い引きずるような弾き方をしていて,それがこの曲と合っている。このCDには余白にシューベルトの協奏的小品を3曲収めており,その中でも「ロンドイ長調」は楽しい佳曲。


■スウェーデンのロマンティックヴァイオリン協奏曲集

(NAXOS 8.554287)
 スウェーデンのベルワルド(1796-1868),ステンハンマル(1871-1927),アウリン(1866-1914)の協奏曲を収めた1枚。といってもステンハンマルの曲は正確には協奏曲ではなく,オーケストラ伴奏つきのロマンス(「2つの感傷的ロマンス」)である。ベルワルドは長生きした作曲家であるが,生年はシューベルトより1年早いから時代的にはベートーヴェンに続く世代の作曲家といえる。彼のヴァイオリン協奏曲は24歳と若いときの作品であるから,全体的に古典的な感じが強い。とりわけオーケストラはベートーヴェンやシューベルトを思わせる響きがする。しかしソロ・ヴァイオリンの方はかなりロマン的で技巧的にも難しい。全体の半分以上の長さを占める第1楽章は嬰ハ短調という珍しい調性のせいもあるのか,暗い情感がうごめいている。長調の第2主題が美しい。短い第2楽章アダージョには平和で明るい気分が漂っている。続けて演奏される第3楽章の跳ねるようなロンド主題と流れるような美しい副主題の対比はこの曲の白眉であろう。ステンハンマルのロマンスは2曲ともロマンティックな味の佳曲。とくに第1番イ長調の幸福感は素敵だ。アウリンの協奏曲第3番ハ短調は演奏時間約30分の大作。第1楽章は「ブラームスの第1ピアノ協奏曲をモデルにしたように思える。」と解説にあるだけあって,ソロ・ヴァイオリンとオケの長い対話で始まる。第2楽章はちょっと感傷的なメロディーが最初から最後まで奏でられるアンダンテ楽章。第3楽章のスカンジナビア的な民俗色豊かな旋律とリズムは生命感に溢れている。曲としてはこの楽章が一番出来がよい。スウェーデンの若手ヴァイオリニスト,リングボリの演奏は技巧的に完璧とはいえない箇所もあるが,自国の知られざる作曲家の作品を紹介するのだという気概に満ちた情熱的な演奏を聴かせる。このCD,とくにベルワルドの協奏曲は私にとって喜ばしい発見だった。


■ノルウェー・ヴァイオリン名曲集

(NAXOS 8.554497)
 このCDにはノルウェーの5人の作曲家・ヴァイオリニスト(ブル,ハルヴォルセン,グリーグ,シンディング,スヴェンセン)の手になるオーケストラ伴奏付小品が13曲収められている(編曲作品もあり)。グリーグとシンディング以外は初めて聴く曲ばかりだったが,どの曲も短いながらメロディーが美しく,ノルウェー出身のクラッゲルードが弾くヴァイオリンも,お国物ということからか共感がこもっていて実によい。ブル「羊飼いの少女たちの日曜日」,「アダージョ」の感傷的で甘いメロディー,シンディング「古い様式による組曲」第1楽章の急速な無窮動,北欧らしいリリシズムに溢れたスヴェンセンの「ロマンス」,強烈な民俗性が面白いハルヴォルセンの「ノルウェー舞曲」,「結婚行進曲」,グリーグが自身の名作歌曲を編曲した「晩春」など,最初から最後まで楽しめる1枚。


■コルンゴルド(1897-1957)・ゴールトマルク(1830-1915):ヴァイオリン協奏曲

(NAXOS 8.553579)
 コルンゴルドはあのマーラーに才能を見出された天才少年でありながら,純クラシックの世界で身を立てるのが嫌になり?アメリカのハリウッドに1934年に移住し,それ以後多くの映画音楽を作曲した。その彼が1945年再び純クラシックに挑戦して書いたのがこのヴァイオリン協奏曲である。1945年という年に書かれたにもかかわらず,曲は後期ロマン派調で前衛的な感じは全くしない(彼の経歴を考えると当然か)。ソロ・ヴァイオリンには高度な技巧が要求されるが,どの楽章もメロディアスで聴きやすい。最終第3楽章にはちょっとスター・ウォーズを連想させるようなメロディーが出てきて面白い。SF映画を連想させるヴァイオリン協奏曲といってもコルンゴルドには失礼にならないだろう。一方ゴルトマルクの協奏曲第1番はいかにも19世紀ドイツ・ロマン派らしい旋律美に溢れた曲。演奏時間36分あまりを要する大曲だ。往年の名ヴァイオリニスト,ナタン・ミルシテインの愛奏曲だった。物憂げでちょっと感傷的な主題が印象的な第1楽章が圧倒的にいい。第3楽章は難技巧のオン・パレード。上海生まれの若手女流ヴァイオリニスト,ヴェラ・ツウの音色は甘めだが,コルンゴルドやゴールトマルクの協奏曲には向いているだろう。技巧的にもしっかりしている。カップリングのよさでもお薦めしたいCDである。


■パガニーニ(1782-1840):ヴァイオリン協奏曲第5番・第2番

(CLAVES CD 50-9408)
 パガニーニのヴァイオリン協奏曲といえばイタリアン・カンタービレに溢れた第1番が圧倒的に有名で,古今の名手が録音しているのもほとんど第1番のみである。しかしもう1曲忘れてはならない曲がある。第3楽章が「ラ・カンパネラ(鐘)」という愛称を持つ第2番である。演奏の機会からいえば,今日ではリストによるピアノ編曲版の方がはるかに多いかもしれないが,ヴァイオリンが好きな私には遺憾である。やはりヴァイオリン独奏とオケによる原曲の方が技巧的にも数段おもしろいし,「鐘」という雰囲気も出ている。パガニーニの第2番はこの終楽章以外が第1番に比べて地味なので損をしているが,いい演奏で聴くと他の楽章にも魅力的な甘いメロディーがたくさん出てくる。このCDのアレクサンドル・デュバクは名前を聴いたことがないスイスのヴァイオリニストだが実にうまいし,歌わせるべきところではたっぷりと歌わせるのでパガニーニにはうってつけの人だろう。肝心の「ラ・カンパネラ」も一弓スタッカートや高音での重音などの難技巧が実に鮮やか。第5番は第2番に比べてメロディー的に魅力薄な曲でいくらヴァイオリン好きの私でもあまり聴く気がしない。


■イッサリース/忘れられたロマンス

(BMG BVCC-717)
 このCDのタイトルになっている「忘れられたロマンス」はリストのチェロの小品。このCDには他にもリストの「エレジー第1番・第2番」,「尼僧院の僧房」,「悲しみのゴンドラ」(このうちの多くはピアノ版の編曲だが)が収められている。リストのチェロ曲なんて聴く前はどんなものかしら?と思ったが,これがどれもしみじみとしていてなかなかいい。このCDはリストの小品の間にグリーグのチェロソナタイ短調とアントン・ルビンシテインのソナタ第1番ニ長調を挟んだ構成になっている。グリーグはヴァイオリン・ソナタは3曲書いたけれども,チェロ・ソナタは1曲しか書かなかった。しかし,これはヴァイオリン・ソナタの最高傑作第3番に比肩する見事な作品である。民俗的で熱い音楽が展開する第1楽章,優しく懐かしい響きのする第2楽章,再び民俗精神が燃え盛る熱狂の終楽章と,グリーグの面目躍如たる個性的なチェロ・ソナタである。このノルウェーの民俗精神丸出しのところが一流プロに敬遠されているのかもしれないが,もっと弾かれ,聴かれてもよい傑作だと思う。アントン・ルビンシテインのチェロ・ソナタはグリーグよりさらにずっとマイナーであるが非常な掘り出し物であった。アントン・ルビンシテインといえば,チャイコフスキーと同時代人でペテルブルグ音楽院の院長,名ピアニスト,「ヘ調のメロディー」の作者といったくらいの印象しか持っていなかったが,このソナタを聴いて認識を新たにした。冒頭チェロで朗々と歌われるロマンティックな主題がすばらしい第1楽章,いかにもロシア風のメランコリックなメロディーが美しい第2楽章,伴奏のピアノが大活躍する華麗な第3楽章と,こんないい曲がなぜもっと弾かれないのかと思ってしまうくらいである。イッサリースのチェロはまず音が朗々と美しく,ロマン派のソナタにぴったりである。彼の歌わせ過ぎることを恐れないパッションに溢れた弾き方が,グリーグなどでは素晴らしい効果をあげている。伴奏のハフはHYPERIONのロマンティック・ピアノ協奏曲のシリーズでも大活躍しており,その素晴らしい技巧・音楽性はグリーグやルビンシテインのソナタでフルに発揮されている。


■ドホナーニ(1877-1960):チェロ作品集

(NAXOS 8.554468)
 このCDには収録順に「チェロと管弦楽のためのコンツェルトシュテック」,「チェロ・ソナタ」,「ハンガリー牧歌」の3曲が収められている。この中ではチェロ・ソナタが断然私には面白い。実はこのソナタは15年ほど前にハンガリー出身の名手ヤーノシュ・シュタルケルが来日した時演奏会で弾いたのを聴いたので私には思い出深い曲である。ドホナーニのチェロ・ソナタを聴いたのはそのときが最初にして最後で,いつかもう一度聴きたいと思っていたが,なかなかCDが手に入らなかった。しかし最近NAXOSから表記のCDが発売されたことにより簡単に手に入れることができるようにななった。シュタルケルの演奏の細かいことはすっかり忘れてしまったが,終楽章が変奏曲でとても素晴らしかったことはなぜかずっと印象に残って覚えていた。このNAXOS盤を聴いてみると私の記憶通り最終第4楽章は諧謔味のある変奏曲だった。改めて全曲を聴くと,ややブラームス調だなと思わせるところはあるものの,チェロには一貫してロマンティックな歌が流れており,ピアノ・パートの響きも充実している。捨てておくにはもったいない佳曲だ。「チェロと管弦楽のためのコンツェルトシュテック」もチェロのゆったりとした旋律が心地よいし,「ハンガリー牧歌」も土俗的で楽しい曲だ。NAXOSの看板女流チェリストであるクリーゲルの演奏は決して女性的ではなくむしろ力強く男性的である。ソナタではヴィトルオーソ的なピアノ・パートとがっぷり組んで腰の据わった演奏を聴かせる。


■ル・グラン・タンゴ(チェロのための舞曲集)

(NAXOS 8.550785)
 チェロ演奏によるエキゾチックな舞曲集。冒頭のターヘル「フラメンコ」と次のカサド「ソロ組曲」はいかにもスペインという感じの熱い曲。無伴奏だけに弓のこすれる音が一層強烈だ。ファリャの「スペイン舞曲」と「火祭りの踊り」は同じスペインの民俗色溢れる曲といっても大作曲家の手になるだけあって,技法的に洗練されている印象を受ける。次のラフマニノフ「東洋的舞曲」になると,舞曲といっても旋律重視のロマンティックなものになる。ラフマニノフらしい。でも東洋的という感じはあまりしない。この後チェロの技巧的小品を数多く残したハンガリーのポッパー作の舞曲が5曲続く。圧巻は急速でめまぐるしくチェロが動く「タランテラ」。チャイコフスキーの「感傷的なワルツ」はメロディーはきれいだが,ワルツという感じはあまりしない。そしていよいよ最後は現代アルゼンチン・タンゴの帝王ピアソラの「ル・グラン・タンゴ」。これはクラシックの舞曲とはいえないだろうが,このアルバムの最後を飾る舞曲にふさわしい。とにかく最後の熱狂的な盛り上がりはすごく,真剣に聴いていると疲れてしまうくらい。このCDでのクリーゲルの張りのある音と情熱的な演奏は,全体的にラテン系の熱い曲にマッチしていると思うが,ポッパーの曲(とくに「タランテラ」)などではもう少し軽やかさもほしかった。