シカゴでCSOを聴く



 シカゴ出張中の2006年3月22日夕にシカゴ交響楽団(CSO)を聴いた。チケットの手配等は,Chor Meise(コール・マイス)の指揮者であり,The TARO Singersのバス・メンバー,そして英国音楽愛好の同志である同僚M氏にすべてお願いしたので,私はチケットを持ってコンサートが行われるオーケストラ・ホールに行っただけ。CSOの本拠地であるオーケストラ・ホールは歴史の重みを感じる少し古めかしい建物で,玄関をくぐってロビーに入ると多くのスタッフが忙しく動き回っている。ホールの横にあるオーケストラ・ホール直営のショップを覗いてみると,CSOのオリジナル・グッズ,様々な小物や,チョコレートなどの菓子類,CDなどが置いてあり,見るだけでも楽しい。2006年がモーツァルト生誕250周年記念の年ということもあり,モーツァルト関連のグッズが目立った。ここらへんは商魂の逞しさを感じる。
 さて,チケットの半券を渡して,ホールの中に入ろうとすると,一流ホテルのドアマンのような衣裳に身を包んだ初老の陽気なスタッフが一人一人にプログラムを手渡し,席まで案内してくれる。ここらへんが歴史あるオーケストラの伝統なのだろう。
 会場内に入って周りを見回してみると,「解説つき」のファミリー・コンサートの日だったということもあって,中高生の姿がかなり目につく。どう見てもクラシックよりロック(それもパンク)だろ??というような髪,衣裳の若者も多い。世界有数のオーケストラが決して敷居の高いものではなく,シカゴ市民の感覚に普通に溶け込んでいることの証拠であろう。これにはチケットの値段も関係していると思われる。私たちが購入したいちばん高い席のチケットでも59ドル(6000円強)であり,これより安い席もあって,たとえ熱心なファンでなくともチケットを買いやすい値段設定になっている。
 そうそう,肝心なことを忘れていたが,当日の指揮者は日本でもNHK交響楽団をよく指揮しておなじみのシャルル・デュトワであった。プログラムはロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲とプロコフィエフの交響曲第6番。プロコフィエフの第6交響曲のような,非常にマイナーな曲をやるのになぜファミリー・コンサート?という疑問をお持ちの方も居られるだろうが,「秘密」は前半にやった「ウィリアム・テル序曲」にある。初老のコメンテーターが前に出てきて,序曲の各部分(「夜明け」,「嵐」,「牧歌」,「行進曲」)とそこで使われる楽器を順番に説明していくのだが,それが半端じゃない面白さで,会場は大人から子どもまで笑いの渦に包まれた。当意即妙の話術の裏には綿密に準備された演出がある。たとえば,トランペットの説明では,トランペットのトップが急に立ち上がり,サングラスをかけたかと思うと,ミュート・トランペットで有名なジャズ・トランペッター,マイルス・デイヴィスを真似してマイルスお得意のフレーズをミュートで吹くというアメリカらしい趣向。序曲最後のスイス軍隊の「行進曲」のところでは,スイスのヨーデルでこのメロディーを ラリラ〜 ラリラ〜 と歌ったBGMが流れ,会場は大爆笑。一方で,この「行進曲」のメロディーがショスタコーヴィチの最後の交響曲第15番に使われているということで,この曲の該当箇所を演奏するなど,私がひそかに期待していた演出もあって楽しめた。一通り説明が終わった後で,最後に通しで序曲の全曲が演奏されたときには,みんな「ウィリアム・テル」序曲の通になっていた・・・と思う。
 メインのプロコフィエフの交響曲第6番ははじめて聴いた曲である。管が活躍する色彩的な曲という印象を持ったが,デュトワ好みの曲なのかもしれない。それにしても,当然のことながらCSOの奏者は弦も管も皆ものすごく上手くて,どんな難所でも余裕をもって演奏している。弦には日本人や中国人と思われる奏者もかなりいて,メンバーの構成は多国籍だ。アメリカのオーケストラということで,大音量と派手な響きを想像していたが,ホールの設計のためか,思ったよりもくすんでしっとりした響きであった。CDで聴くのとは大分違った印象である。
 CSOの録音で私が思い出すのは,現在CSOの音楽監督であるダニエル・バレンボイムが指揮したブルックナーの第9交響曲である。LPのため,第2楽章がおもて面だけでは入り切らず,楽章の途中で盤をひっくり返さないといけないのが難であったし,CD時代になって聴いた別の演奏でもっと気に入った盤もあるのだが,はじめて聴いたブルックナー,その最後の交響曲における崇高な最終楽章を聴いたときの感動は忘れられない。今回もデュトワよりバレンボイムの指揮で(できれば独墺物を)聴きたかったなぁというのが正直な気持ちであるが,CSOの本拠地でCSOを聴けた幸運をまず感謝しなければなるまい。

2006.5.21