車のトラブル(修理編)


レスキュー車を呼ぶ
 やっとの思いで手に入れた車は,夏から秋にかけては快調で,買い物に,サマー・ホリディーのレジャーに大活躍してくれた。燃費はリッター7〜8キロそこそこだったので,ガソリンが高い英国ではかなりの出費を伴ったが,小さい子供を連れて動くときの便利さは代え難い。
 車本体に最初のトラブルが生じたのは11月に入ってからである。ある日,いつものようにセインズベリーに買い物に行こうとしたところ,いくら頑張ってもエンジンがかからない。30分くらい悪戦苦闘したがダメだった。さて,こういうときにはどうしたものか?車を購入したとき,店員に「1年間150ポンドで,車が故障したときに修理でかかったパーツ代を補償する保険サービスがあるから,それに入った方が良い。」と言われてそれに加入していたことを思い出し,そこに電話をかけてみる。すると,その会社はあくまでも,修理をしたときの「車のパーツ代」を補償してくれるだけで,エンジンがかからないときなどの「緊急サービス」は全くしてくれないことが分かった。「そういう事情ならうちの会社と提携している緊急サービスを今からそちらにやるが,有料だから費用として55ポンドをその緊急サービス会社に払って欲しい。」ということであった。まもなく"Hinton Rescue"という文字の入ったレスキュー車が到着し,ボンネットを開け,「着火プラグが悪いようだ。」といいながら,パーツを取り出し,ちょっとした掃除を行ってバッテリーを充電すると,ブロロローという音がしてエンジンがかかった。大したことをしたわけではない。でも電話の話通りしっかり55ポンド取られた。この事件以後,Hinton Rescueの車を見るたびに長男が「タータン(お父さん)の車を治した車だ!」というのには閉口した。
 今回の件は契約内容を詳細に確かめなかった私が悪いのだが,「緊急サービス」は契約内容に含まれていないうえに,「車のパーツ代」を出してくれるのも,半年ごとに定期点検をしている「優良車」のみなのだ。大体安い車を買う人間が1年乗るだけなのに,金のかかる定期点検なんかするものか!!こんな保険サービスなら全く何の役にもたたない。150ポンドはドブに捨てたようなものだった。

AAに入会する
 翌日「全く昨日はひどい目にあったよ。」という話を研究室のティー・タイムで話していたら,車のことには詳しいショーンが「それは,AAかRACかGreen Flagに入った方がいいよ。」と言う。これは,いずれも日本のJAFにあたる車の緊急サービスである。特にAA(Automobile Association)はこの手のサービスとしては世界最大を誇っている(裏を返せばそれだけ英国の車がボロイということ)。やはりAAのサービス網が一番充実しているようだったので,AAに入会することにした。
 サービスには年会費に応じて4段階のグレードがある。ここで注意しないといけないのは,一番低いグレードのサービスに加入すると,走行中の故障のサービス"Road Assistance"は受けられるが,自宅から半径200m以内での故障,すなわち家の前でエンジンがかからなくなった今回のようなトラブルではサービスを受けられない。古い車のトラブルの多くはエンジン始動にあるので,これではダメだ。そこで,もう一ランク上の"Road Assistance + Home Start"のサービスに申し込む。年会費は1年単位で,1年の途中で退会したとしてもお金は戻ってこない。どうせなら車を買ってすぐに入会しておけばよかったと後悔した。

AAをはじめて呼ぶ
 AAに入会したので,1年間に8回までは無料でAAのレスキュー車を呼ぶことができる。最初にAAを呼んだのは,またまたセインズベリーに行こうとしていたときだった。今度もエンジンがかからない。どうもセインズベリーは鬼門のようだ。AAの緊急センターに電話をかけ,会員番号や故障内容を伝えると,20分ほどでサービスが行くという。しばらくすると,おなじみのAAの黄色いレスキュー車が到着し,愛想のよいおじさんが「バッテリーが完全にあがっている。」といいながら充電器をつなぎ,しばらくするとエンジンがかかるようになった。車から降りてきたおじさんが,「原因はこれだった。」と指さす方向を見ると,ルームライトが付けっぱなしだった。これじゃあバッテリーがあがるわけだ。こんなことでもAAに入っていなければ50ポンド以上かかったはずだ。AAのありがたさを実感した。それからも2回AAを呼んだ。理由はすべて自宅前でのエンジンの"Non-start"である。まさに"Home Start"のためにAAに入ったようなものだ。

カーアラームが止まらなくなる
 最初の"Home Start"に来たAAのおじさんが車のエンジン音を聞いて,「この車はエンジンオイルを何年も替えていないな。すぐに替えないと,エンジンが壊れるぞ。」とこわいことを言う。仕方なくあの嫌なフォードに行ってエンジンオイルとオイルフィルターを交換してもらう。家に帰っていつものように車のドアをロックして家にいたところ,なんだかうるさいアラーム音が定期的に聞こえる。なんだろうと思っていると,近所の住人が「お宅の車のカーアラームが鳴っているよ。」と言いに来た。びっくりして調べてみると,確かにうちの車のカーアラームが定期的に鳴っている。よくよく調べてみると,ボンネットが完全に閉まっていない。ボンネットが開いた状態でドアをロックすると盗難防止のアラームが鳴るというわけだ。そこで何とかボンネットを閉めようとしたが,バネが異常に固くどうしても閉まらない。これは,エンジンオイルを替えた時にフォードの作業員が完全にボンネットを閉めなかったせいに違いない。そこで早速もう一度車をフォードに持っていったが,土曜日の午後で店はもう閉まっている。仕方なくまた家に車を持って帰ったが,はて困った。このカーアラームのうるさい音は近所の大迷惑だ。といって,ドアを開けたままにしておけばアラームは鳴らないが,盗難にあうかもしれない。しかたなく,私はMOT証,保険証書,カーオーディオなどの貴重品を車から家に運び,ドアを開けたまま置いておくことにした。ロンドンなら車自体が盗難される危険があるが,幸いここらへんの治安はよい。
 翌日曜日も当然フォードは休みだったが,白髪の年寄りの店員が1人店に居て(フォードにしては珍しく非常に親切な人だった)私の事情を聞き「ボンネットが直るまで鍵のかかるガレージにドアを開けたままで車を預かってあげよう。」ということになった。明日の月曜の朝一番で修理してくれるようサービスに頼んでくれるという。それは本当で,次の日の午前中フォードに行くと,ボンネットがちゃんと閉まった私の車があった。スプリングの油切れとさび付きが原因だという。今回はさすがにフォードも私に修理代を請求しなかった。

MOT(車検)に落ちる
 英国の暮らし方に関する本には,英国の車検はお金もかからず,すぐに終わるというようなことが書いてある。確かに,車検自体はそうなのだが,もし車検で不合格となるとそう簡単ではない。不合格("failed")となった箇所を手直しして,もう一度車検を受けなければならない。検査官はたとえガレージ付きであっても独立した権限を持っており,検査をする人が修理もするというようなことはない。
 車検はMOTの看板を掲げているところならどこでも受けられる。あとで考えるとやめとけばよかったのだが,私は最初の車検をバースの例の横柄なフォードで受けた。車検を受ける大分前からマフラーがいかれており,改造したヤンキー車のようにブロロロロとすごい音をさせていたので,少なくともマフラーは交換しないとダメだろうなと思っていた。ところが「不合格」となった箇所を見ると,マフラーに加え,排気系(排出ガス濃度が基準値を超えている),タイヤ(磨耗),ハンドルの制御装置異常,ハンドブレーキ(きかない),オイルタンクのキャップ(間に合わせのゴムの蓋を使っている)と全部で6箇所も不具合がある。これはえらいことになった。これらを全部直さないと車検に通らないのか?早速この検査書を持ってフォードのサービスカウンターに行き,全部直すのにどのくらいかかるのか尋ねると,応対した口ひげのおやじは,さも馬鹿にしたように「ざっと1000ポンドはかかるな。」と言う。冗談じゃない。それじゃあ車の値段の半分じゃないか!しかもあと3ヶ月後には英国を離れるのだ。このとき私ははっきりとバースのフォードには2度と来るまいと誓った。(残念ながらガソリンタンクのキャップだけは合うものがフォードの純正品しかなかったためここで買ったが。)
 私はまた車に詳しいショーンやハリッシュに相談した。彼らによれば「純正ディーラーは何でも高い。KwikFit(日本のオートバックスに相当)のようなところで直したらいい。」ということだった。そこで私は早速バースのA4沿いにあるKwikFitに出向き,出来るだけ安上がりに車検を通るよう修理してくれるよう頼んだ。彼らの対応はフォードと違いまことに親切,適切かつプロフェッショナルで,自分のところで直せる箇所と直せない箇所をまずはっきり区別し,直せる箇所については直ちに見積と修理日を提示した。もちろんフォードの見積よりはるかに安い。ここでハンドブレーキ以外の箇所,すなわちタイヤと,マフラー,排気系の交換・修理をしてもらう。次に,KwikFit近くのもう一軒のサービスでハンドブレーキを修理し,そこはMOTもやっているので,直ちに車検を受けた。本当は1回目の車検と同じ所で再車検した方が検査料が得なのだが,誰が二度とフォードになんか行くものか!修理したから当然といえば当然だが,無事に再検査にはパスし,ひょうきんな受付のおじさんにMOT証を渡された。
 全部で約500ポンド。帰国3ヶ月前にこの出費は痛かったけれども,フォードが最初に言った1000ポンドの半額で済んだ。教訓として,1年しか英国に滞在しない人は,自分の滞在中に車検が切れる車を買うべきではない。でないと私のような目に合う可能性がある。"New MOT"の車を買えば,車検を受けずに車を帰国前にトレードすることができる。痛い目にはあったが,英国での車の修理に多少詳しくなったのが唯一の収穫といえば収穫である。余談ながら,せっかく新しく買ったガソリンタンクのキャップは,それからまもなくしてウェールズのスノードン山に行く途中のガソリンスタンドに忘れてきてしまい,仕方なく一度しまい込んだゴムキャップを取り出してきて蓋の代わりにすることにした。

車をぶつけて保険で修理する
 車の後部バンパーをぶつけたのは,帰国まで2ヶ月を切った日のことであった。ウェールズのSt David'sで不覚にもバックの時にひどく土手にぶつけ,樹脂のバンパーが割れてしまった。これでは帰国時に車をトレードする時にも差し支えるだろう。
 早速ロンドンの保険代理店に連絡したところ,「修理すると保険料が来年から上がりますよ。」と言われたが,もうすぐ帰国するからそれは関係ない。そこで,保険代理店が保険会社に連絡して修理屋を手配してくれることになった。保険代理店はあくまで顧客と英国の保険代理店との仲介役であり,直接何かしてくれるわけではない。
 少しすると若い英国人の女性の声で大学に早口で電話がかかってきた。早口ではじめは何を言ってるのか分からなかったが,要するに「自分のところと提携しているガレージにあなたの車を修理のため引き取りに行かせるつもりだ。そのうちガレージから連絡があるはずだからよろしく。」ということだった。その言葉通り,今度はガレージから連絡があり,「なるべく早く車を引き取りに行くつもりだが,オートマの代車が今出払っていてないから,少し待ってくれ。」とのこと。2,3日すると再びガレージから連絡があり,「代車の用意が出来たから明日の朝車を引き取りに行く。家で待機してほしい。」と言われた。
 次の日の朝,約束通りガレージの作業員が車を引き取りに来る。ところが,彼が私の車にエンジンをかけようとすると,一瞬ブルブルと音がして止まってしまった。それからはいくらエンジンをかけようとしてもかからない。肝心な時にまたまたNon-startだ。実はこの車にはエンジンのかけ方にちょっとしたコツがある。私は彼が無理やり何回もエンジンをかけようとしているうちに,着火プラグの調子が悪くなったのだと思った。でもいったんこうなるとどうしようもない。自分でエンジンをかけておけばよかった。
 そういうわけで久しぶりにAAを呼ぶはめになる。緊急センターに連絡すると今朝はあいにく非常にトラブルが多く,そちらに行けるのは1時間後だという。それまで雨の中家の外で作業員を待たせておくのも気の毒なので,家に招き入れコーヒーを出す。当然彼はムスーッとしている。話を聞くと彼のガレージはバース市内ではなくWarminster(バースからA36でかなり南に行ったところにある街)にあるという。保険会社が提携しているガレージがバースにはないということだろう。車やガレージのことを聞いているうちに,ようやくAAが到着し,いつものように簡単な作業でエンジンをかける。依頼者の私のことはそっちのけで,AAとガレージの2人が車のことでなにやらぶつぶつと話し合っていたのは傑作だった。「全くしょうもない車だ。」とか言ってたのであろう。
 代車は私のフォードよりずっと新しいルノーだったが,またぶつけるとどんなことになるか分からないので,結局修理が終わるまでほとんど乗らなかった。2,3日してバンパーが新品になった私の車が戻ってきた。保険で修理したといっても,免責金額の100ポンドは支払ったことを付け加えておく。