アイリッシュ・ハープの調べ


 島根県立美術館で開催されたアバディーン美術館展(正式な展覧会の名称は「イギリス・フランス近代名画展」)にちなみ,2001年3月に催されたケルト・フェスティバルのうち,3月17日(土)の夜7時から行われたミュージアムコンサート「アイリッシュ・ハープの調べ」を聴きに行った。近年人気のあるケルトの民俗音楽はCDでも聴けるが,ふだんお目にかかることのできない色々な民俗楽器を実際に見,その音を生で聴ける機会は貴重である。美術館のロビーに用意された座席は満員であった。松江市はアイルランドにゆかりの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が住んだ街で,アイルランドとの交流も盛んであり,市民の関心も高いことを伺わせた。
 演奏は主役がアイリッシュハープの久保博子さんで,彼女をサポートする形で原口トヨアキさんが様々なケルトの民俗楽器を披露した。演奏の間には楽器や曲目について両氏の解説もあり,アイルランドの民俗楽器について理解を深めながら,ケルトの素朴な響きを楽しんだ。アイリッシュハープのソロだけで奏される曲もあれば,原口氏のイーリアン・パイプ,ボーラン,ティンホィッスル,アイリッシュ・フルートとのデュエットもあり,曲目もアイルランドの曲だけでなく,同じくケルトの国であるスコットランドの曲もあり,多彩なプログラムであった。
 ハープ・ソロの曲では「ロッホ・ローモンド」,「ダニー・ボーイ」,「庭の千草」など日本でもおなじみの曲が多く演奏された。波多野睦美さんの名唱でおなじみになった「サリーガーデン」がアイリッシュ・フルートとハープの二重奏で演奏され,感銘深かった(このページのBGMの曲です)。イーリアン・パイプの演奏では,その哀愁溢れる音色だけでなく,変わった楽器の形や原口さんのパフォーマンスに皆拍手喝采だった。ボーランとハープ,あるいはティンホイッスルとハープによるアイルランドのダンス音楽も非常に楽しく,聴衆も手拍子で喝采を送っていた。プログラムの最後は,映画「タイタニック」の中でも使われていた楽しい「ブラーニーピルグリム」のイーリアン・パイプとハープによる二重奏で,拍手が鳴り止まなかった。ケルトミュージックファンにとって,耳でも目でも楽しめた1時間あまりの至福の時であった。 

コンサートで演奏されたアイルランドの民俗楽器 
  1. アイリッシュ・ハープ
     34弦しかなく,見かけは普通のハープより大分小さい。3本の足が付いており,奏者はハープを自分の体の方に傾けて演奏する。半音の上げ下げは弦の上部に付いているレバーで行うので,途中で頻繁に転調する曲を弾くのは大変らしい(速い曲ではほとんど不可能だろう)。ペダルが付いていないので,普通のハープに比べて残響が短く素朴な響きがするが,澄んだ美しい音色である。高音の響きにはどこかしらオルゴールのような懐かしい響きもあるように思えた。アイリッシュ・ハープの美しい形は,アイルランドで公共建築の紋章として使われており,国家を象徴する重要な楽器であるということだ。

  2. イーリアン・パイプ
     イーリアン(Uilleann)とは,ゲール語で「肘」を意味するらしい。スコットランドでおなじみのバグパイプは普通口で息を吹むタイプのものだが,アイルランドのイーリアン・パイプでは,脇の横にぶら下げたふいごを肘で押さえつけて音を出す。両肘を使って2種類のパイプを演奏する時は大変だ(体力勝負!)。口で吹くバグパイプは武器の代わりにもなるということで,その昔アイルランドを支配していたイングランドに没収されてしまい,代わりに発展したのが「肘パイプ」だったということである。その代わり優れたところもあり,スコットランドのバグパイプより広い音域の音を出すことができる。300年の伝統がある楽器ということであるが,アイルランドの苦難の歴史を反映してか,哀愁に満ちた独特の音色が魅力的である。

  3. ティンホイッスル
     細いブリキの縦笛で,アイルランドでは,日本の小学生がリコーダーを習うのと同じように,学校でティンホイッスルを習うということである。値段は非常に安いらしい。南米の笛のような,ちょっとかすれたピッコロのような音色がする。アイリッシュダンス音楽になくてはならない笛。

  4. アイリッシュ・フルート
     バロック時代によく使われたフラウト・トラヴェルソ同様に,現在のフルートの原型ともいうべき形と音色を持ったフルート。本当の木製でもちろん今のフルートのようなキーは付いていないが,装飾音の多いアイリッシュダンス音楽を吹くのには,自分の指の感覚で細かい音を出せるので適しているそうだ。音域が今のフルートより低く,非常に素朴な音色である。

  5. ボーラン
     アイルランドの太鼓。枠も叩くところも木でできており,見た目は寿司桶そっくり。叩く方のバチは木製の棒で,両端が丸く膨らんでいる。もともとは,アイルランドの炭鉱で出たいらない泥炭を運び出すために使われていた道具を,40〜50年ほど前に太鼓として使い始めたらしい。説明はなかったが,演奏前に水(だと思う)を含んだ布で楽器を濡らしていた。たぶん,それで音がよくなるのだろう。皮の太鼓ではないので,乾いた音がし,残響も短い。叩く位置を変えたり,枠を叩くことによって音色に変化を付けることができる。なお,映画「タイタニック」の中でボーランが演奏されている場面があったが,この楽器が40〜50年ほどの歴史しかないことを考えると,時代考証的には明らかな間違いだということであった。