良くも悪くも奥が深い
英国の鉄道

料金体系の不可思議
 イギリスを鉄道で旅行したときに,日本とは全く違うその料金体系に,疑問や戸惑いを感じられた人は多かろう。イギリスの料金体系の特徴をまとめると以下のようになる。

(1)片道だけチケットを買う人はいない
 片道(single)チケットと,往復(return)チケットの料金が,距離によらずほとんど同じである。割引の種類やチケットの買い方によっては,往復チケットの方が安くなることがある。これは,往復割引が片道600km以上にしか適用ざれず,しかも10%しか割引されない日本のJRと大きく異なっている点である。
 そもそも英国の鉄道は,はじめから片道チケットを買う人など想定していない,あるいは片道だけ別の交通手段を使うと割に合わないようになっているといえる。行きは鉄道を使うが,帰りはコーチを使うなどという旅行プランは,英国では最も損をする。行きも帰りも同じ交通手段で,同じルートを通って往復するのが英国内での旅行・出張の原則である。例えば,Bathに住んでいて,1〜2週間海外に出かけるときにも,Bathの駅でPaddingtonまでの往復チケットを買っておくのがよい。

(2)特急料金がなく,座席を指定した方が安くなる
 日本ではのぞみ,ひかり,在来線特急と各種特急料金が細かく決められており,特急に乗ると必ず特急料金を取られるが,英国にはない。First Class(一等車)とStandard Class(普通車)の別はあるが,これは乗車料金が違うのであって,別に特急料金を払うのではない。ただし,寝台車や,プルマンカーといって大英帝国往時を偲ばせる豪華な客車に乗る場合には別料金が必要である。
 日本では自由席よりも指定席の方が指定席料金の分だけ余計にお金がかかるが,英国では全く逆であり,事前に席を指定した方が後述するように安上がりである。
 日本と英国のどちらのシステムが合理的か?それぞれに言い分があるだろうし,その判断は難しい。しかし,少なくとも,特急と呼ぶにしては大幅に遅れることが珍しくない英国の特急(InterCity)で特急料金を取るのはいかがなものかと思うし,事前に駅まで足を運んで列車を予約してくれた客の方が,当日ぶっつけでチケットを買う客より優遇されるのは当然という気もしてくる。

(3)多様な往復チケット
 往復チケットといっても,何曜日の何時頃乗るか,列車の予約はするのかしないのか,チケットをいつ買うのかという,細かい条件によってまるで値段が違う。以下Bath駅に関係するGreat Western Trainの往復割引チケットについて,割引率が高い順にあげよう。他の大手鉄道会社でも似たようなチケットを扱っているはずである。

Super Advanced Ticket:
 行きと帰りの列車を両方ともチケットの購入時に予約しなければならない。しかも遅くとも出発の1週間前の予約が必要である。だから往復のスケジュールがはっきり決まっているとき以外は買えない。予約できる列車とその席の数も限られているため,早めに申し込むことが必要。しかし,驚くほどその料金は安い。 うちは日本に帰国する時,Bath SpaからLondon Paddingtonへの家族4人分のSuper Advanced Ticketを買った。もちろん,帰りのチケットは使わないので,PaddingtonからBath Spaまで適当にでたらめの列車を指定した。後述する Family Railcard の割引も加わって,まともに片道チケットを買うときの何倍も得をした。

Advanced Ticket:
 これは,Super Advanced Ticketと似ているが,チケットを買う時期がやや遅くてもよく,出発前日の12時までに予約をすればよい。行きおよび帰り共に列車を予約しなければならないのは同じである。

SuperSaver:
 上の割引往復チケットと違って出発時にその場で買える。往復の列車とも金曜日には使えない。また日本でいう「繁忙期」も使用不可となる。英国では,一週間で金曜日が最もチケットが高いというのが常識である。これは,週末に向けて金曜日に移動する客が多いことを意味している。乗れる列車の時間にも制約があり,上りはBath Spaを早朝に出発して午前の早い時間にPaddingtonに着く列車,下りはPaddingtonを夕方出発する列車には乗れない。要するにビジネス客で一番混む時間帯の列車には乗れないわけだ。

Saver:
 SuperSaverとほぼ同じだが,金曜日に使えるのと,Paddingtonへの上り列車,Paddingtonからの下り列車の乗車可能時間帯が少し緩められている。その分割引率はSuperSaverより悪い。

(Cheap) Day Return:
 Cheap Day Returnは日帰り往復チケットで,翌日以降に帰る場合よりも安くなる。私はBathとBristolの往復でこのチケットをよく使った。これも金曜日だけはやや値段が高くなり,なぜかCheapが取れてDay Returnとなるのがおもしろかった。

Open Return:
 何の制限もない往復チケット。1年のどんな日でも朝夕の混む時間帯の列車にも,もちろん乗れる。ただし,料金は一番安いSuper Advanced Ticketの何倍も高いので,ビジネスなどで,絶対朝夕に移動しなければならないとき以外に買うのは馬鹿げている。
 私としては,たまにロンドンで早朝に用事があるときなど,時間的余裕があれば,Open Returnなど買わずにAdvancedかSuper Saverで前日のうちにバースを発ち,ロンドンの安宿に泊まってパブでギネスを楽しく飲むほうをお勧めする(トータルの費用もあまり違わないはずだ)。

Season Ticket:
 これは往復チケットではなく,日本でいう定期券のことであるが参考までに。1,3,6,12ヶ月用がある。買うためには証明写真が必要。期間が長いほど割引率が高くなる。1ヶ月用のチケットを買うときは,買った日から1ヶ月で何回往復することになるか考えてから買ったほうがよい。土日を休み,さらにホリデーがあったりすると,通勤回数が少なくなり,上の(Cheap) Day Returnをその都度買った方が安いことが多い。

家族には絶対Family Railcard
 子供が1人以上いるうちなら何はさておいても20ポンド(1999年現在)のFamily Railcardを買うべきである。この1年有効のカードは,大人2人子供2人の旅行ならば,一回使っただけでも十分20ポンドの元が取れるほど割引率が大きい。上であげたAdvanced,SuperSaverなどの大人料金がさらに33〜50%値引きされるという破格の割引カードである。さらに子供料金はどこまで乗っても2ポンドという信じられない料金設定になっている。 このカードの制限は,大人だけや子供だけでは使用できないということくらい。最大人数の制限はあるが,よそのうちの子供だって連れて行ける。カードが使える最小の単位は大人一人+子供一人だから,特に用事がない子供をだしにして連れて行ったほうが大人一人で乗るときより安くなることもある(子供は汽車に乗れて喜ぶだろう)。
 また,英国では5歳未満,すなわち4歳までは無料で,子供料金を払う必要がないが,Family Railcardを使って,4歳の子供にも子供料金のチケット(2ポンド)を買ったほうが,大人料金が大幅に安くなるので,結局得になる。うちが帰国に際して,BathからPaddingtonのチケットを買ったときなど,(どうせ2ポンドなので)2歳の息子にもチケットを買ってやり,家族一同4人分の座席でゆったりとロンドンまで乗車した。


すぐに元が取れるお得なFamily Railcard

列車のキャンセルにはクレームをつけよ
 BathからOxfordに家族で旅行した時,上で述べたFamily Railcardを使った。行きはほぼダイヤ通りであったが,帰りにOxfordで列車が定刻通りに来たと思って乗ったものの,待てど暮らせど発車する様子がない。さっきまで聞こえていたエンジンの音も途中で聞こえなくなった。すると,聞き取りにくい声で,列車のエンジントラブルのため,降車するようにというアナウンスがあった。皆ぞろぞろと列車を降りる。しかしながら,次の列車が来ない。結局1時間半以上待たされ,次に乗った列車はBath Spaまで直接行くものではなく,Didcot Parkwayで乗り換えのためまた長々と待たされた。3月とはいえまだまだ寒い英国で待合室もない駅で待たされるのは,子供連れには特につらいものであった。
 あまりにも腹が立ったので,列車に乗ってから車掌に文句を言った。(誰も文句を言わず黙って列車を待つ英国人の姿は涙ぐましいものだ。)すると車掌は「クレームフォーム」なるものをくれ,記入してチケットと共に鉄道会社に郵送するように教えてくれた。もちろん彼は一言も「Sorry」とは言わないのも驚きだった。1週間後,(英国としてはすごく早い対応)Great Western Trainの謝罪の手紙と共に,帰りの分全額のVoucherが送られてきた。キャンセルだけでなく,1時間以上の列車の遅れに対してもクレームをつけることができる。
 一緒に列車を降ろされたたくさんの英国人の中に,私達のようなクレームフォームをもらっている人はいそうになかったが,これは次の項目で述べるように鉄道のpunctualityに対する日本人との意識の違いによる。

英国の鉄道を利用する心構え
 英国ガイドなどには,「英国の列車はよく遅れる」ということが書いてあるので,日本からの旅行者もある程度はこのことを認識しているだろう。しかし,「英国では列車が遅れるということが日本のように問題視されていない」というのがより正確である。日本のように,「XXが原因で上下あわせて8本の新幹線に10分から20分の遅れが出ました。」などという「些細な」ことが英国でテレビのニュースになることはあり得ない。よく英国人から「30分までの遅れはごくノーマル」ということを聞かされた。これが事実であることが,少し英国に滞在していると誰にでも分かってくる。
 おもしろいことに,朝は列車が走り始めたばかりのためか,比較的遅れも少ないが,夕方から夜になると,少しずつ朝からの列車の遅れが蓄積して,20分30分遅れの列車がざらになる。英国滞在中の途中で,ボスのBathからBristolへの転勤で,BathからBristolまで鉄道で通うことになった。BristolからデボンのTivertonまで帰る同じ研究室のサイモンは, 3,4日に1回の割合で,電光掲示板を見ながら「今日は1時間遅れだよ。」と言っていた。私が乗るBristolからBath方面の列車(ビジネスの通勤客が多い)も,遅れはほぼ毎日のことで,列車がキャンセルされても,順番が逆転しても誰も驚かないし,文句も言わない。ときには,やっと来た列車に乗り込んだ後で「違う列車の方が先に出ますから,一度降りて乗り換えてください。」とのアナウンスで,乗客がどやどやと移動する。英国の鉄道に慣れると,むしろ「今日は定刻通りか,ラッキー!」という感覚になってくる。それが毎日続くとは誰も思っていない。

時刻表は単なる目安
 このようなお国柄であるから,日本に比べて時刻表(Time Table)に重きが置かれていないのは当然である。時刻表はあくまでも理想であって,列車の運行の目安にしかならない。RailTruckなる列車時刻の検索サイトもあるが,目安にしかならないという点では同じである。世界に冠たるヴィクトリア朝の大英帝国は,現在よりも時間厳守の時代であったらしく,一般人にも時刻表がよく売れたらしい。シャーロック・ホームズの短編にも,「今からならPaddington発○時○分○行きの列車に間に合う。馬車を飛ばそう。」というような会話が実によく出てくる。今よりずっと列車が時間厳守だったのだろう。
 今の英国では,日本の弘済会あるいはJTBのような総合鉄道時刻表を売っている店,あるいは持ち歩いている人を見たことがない。私も複数の駅で英国鉄道の総時刻表を何度か手に入れようとしたが,どの駅でも「そんなものはない。」と自社のポケット時刻表しかくれなかった。どこかにはあるのだろうが,そんなものが売っていたとしても,乗換駅や大体の所要時間がわかる程度で,たいして役に立たないのは事実であろう(何しろ30分遅れが当たり前なのだから)。しかし,英国鉄道の栄光の歴史を知っている鉄道ファンとしては,ちょっとさびしい気もする。