原田康子の新刊「海霧」

第37回吉川英治文学賞受賞



「海霧」 原田康子(講談社)上下各¥2,300

 フミアキの伯母である原田康子(以下単に伯母さんと言うことにする)の新刊「海霧」(2002年10月10日発行)が出て,出版社より著者謹呈本が届いたので,早速読んだ。上下合わせて1000ページの大長編である。伯母さんの最近の小説としては,1999年に刊行され,第38回女流文学賞を受賞した短編小説集「蝋涙(ろうるい)」があるが,長編としては1997年刊行の「聖母の鏡」以来久々の作品である。
 私が伯母さんとはじめてお会いしたのは,フミアキと結婚する少し前に札幌のご自宅に挨拶に伺ったのが最初であった。世間話をして,1991年の9月に松竹から封切られることになっていた映画化作品「満月」(監督:大森一樹,出演:時任三郎,原田知世ほか)の話になったと思う。結婚直前にフミアキと二人で京都の映画館に「満月」を見に行った。結婚後はフミアキの実家が関西になったこともあって,直接お会いする機会はほとんどなくなったが,今取り掛かっている小説の話についてはよく聞いていた。
 今回の「海霧」は,出版社の宣伝文句にもある通り,伯母さんの生家をモデルにした明治から昭和にかけての一族,とくに女三代の生き様に焦点を当てた物語であり,伯母さんが長年構想を温めていた一つのライフワークといってもよい作品である。偶然にも,一族の出自の一つは私が今住んでいる島根県にある五十猛町大浦の海岸(松江から車で西へ2時間ほど)であった。伯母さんも一度札幌から現地の取材に来られていたが,「一人での取材じゃないので融通がきかないのよ。この機会に松江にも行きたかったのに今回は行けないのが残念…。」と話されていたのを思い出す。同じ作家業ということもあるのかもしれないが,日本を世界に紹介し,松江を愛した文豪小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)にも興味があるらしかった。
 いざ新聞への連載が始まると,取材旅行中には完全に確かめられなかったことで色々と気になることがあるということで何度か電話をいただいた。五十猛の方言についてとか,五十猛でその時期に咲いている花は何だろうかとか(小説では結局山藤ということになる),電話でこちらが即答できなかったことは,結局分からなかったことも多かったのだが,後で私たちが現地に確かめに行ったり,地元の友人に聞いたり,資料を郵送したこともあった。言葉が命の小説家だから当り前なのだろうが,一つのシーンの一言一句のために長時間を割き,細心の注意を払って文章を書かなければならない小説家という仕事は大変だなあとつくづく感じた。もっともそうでなければ,虚構の中のリアリティーも生まれないし,人の心を打つ小説にもならないのであろうが。
 この物語の主要な舞台となっている釧路には,私自身は阿寒湖と丹頂鶴公園を観光した後にちょっと立ち寄っただけだが,小1から中2までの7年間を釧路で過ごしたフミアキによれば,とにかく冬の寒さが厳しいところらしい。それも雪はあまり降らずにただただ寒い,まさに「シバレル」という北海道弁がぴったりの土地であるから,北海道の開拓期に釧路に移り住んだ人がどれほど大変な生活を強いられたかは想像に難くない。厳しい北辺の地で懸命に生きたルーツへの誇りと熱い思いがこの小説からは伝わってくる。26歳の若さで世を去った男勝りの祖母リツのキャラクターがとりわけ魅力的。物語の最後に出てくるリツの一人娘千鶴の長女こそが著者,原田康子に当たるのである。この大長編を読み終えた人は,やはりルーツものの大作であるアレックス・ヘイリーの「ルーツ」や安岡章太郎の「流離譚」を読んだときのように圧倒的な読後感を覚えるだろう。
 平成15年3月6日,「海霧」は第37回吉川英治文学賞の受賞が決まった。朝日新聞3月11日付の「原田さん「50年のごほうびのよう」」と題された記事によると,受賞決定日に東京で行われた記者会見で,伯母さんは「日本の近代史が大きく動いた時期だけに,徹底して庶民の視点で書こうと思った。書き終えて(先祖にあたる人たちに)よく生きたね,ありがとうという気持ちを持った。」と語り,受賞については「大ベストセラーから出発すると作家はつらい。『挽歌』から約50年,こつこつやってきたことへのごほうびのような気がする。」と述べた。札幌に戻った伯母さんにフミアキがお祝いの電話をしたときには,当然ではあるが今回の大きな文学賞の受賞を大変喜ばれていた。「海霧」が賞にノミネートされていたのは分かっていても,受賞の通知があったのは発表のわずか2日前だったらしい。「小説は,まずおもしろくなくちゃいけないからね。」と伯母さんは語ったそうである。作者の書きたかったことと,大河小説としてのおもしろさがピタリと一致したところが,「海霧」の大きな魅力の一つであろう。


原田康子メモ
 昭和3(1928)年1月12日,原田家の四女二男の長女として東京に生まれる。1歳のとき釧路に移り住む。「新潮」(昭29年12月号)の全国同人雑誌優秀作として「北海文学」掲載の「サビタの記憶」が選ばれる。昭和30〜31年「北海文学」に掲載した「挽歌」が出版(昭31年12月 東都書房)され,翌年のベストセラー第1位(70万部)という空前の記録となる。「挽歌」は昭和32(1957)年に監督:五所平之助,主演:久我美子,森雅之,高峰三枝子で映画化され「挽歌ブーム」をまき起こした。「挽歌」で第8回(昭32年)女流文学者賞を受賞する。以来北海道を舞台とした小説やエッセイなどを発表している。現在北海道札幌市に在住。犬や猫,将棋,競馬を愛し,それらの題材は小説やエッセイの中にも登場する。

主な小説
「冬の雨」 昭24(1949)「北方文芸」に発表。後に作品社(1980)「遠い森」に収録
「遠い森」 昭28(1953)「北海文学」に発表。後に作品社(1980)「遠い森」に収録
「挽歌」 昭31(1956)東都書房 第8回女流文学者賞
「サビタの記憶」 昭32(1957)新潮社
「廃園」 昭33(1958)筑摩書房
「輪唱」 昭33(1958)東都書房
「病める丘」 昭35(1960)新潮社
「いたづら」 昭35(1960)東都書房
「殺人者」 昭37(1962)新潮社
「望郷」 昭39(1964)文藝春秋新社
「北の林」 昭43(1968)新潮社
「虹」 昭54(1979)作品社
「日曜日の白い雲」 昭54(1979)講談社
「素直な容疑者」 昭55(1980)作品社
「恋人たち」 昭57(1982)新潮社
「風の砦」 昭58(1983)新潮社
「満月」 昭59(1984)朝日新聞社
「星の岬」 昭60(1985)集英社
「窓辺の猫」 昭63(1988)講談社
「聖母の鏡」 平9(1997)朝日新聞社
「蝋涙」 平9(1999)講談社 第38回女流文学賞
「海霧」 平14(2002)講談社

主なエッセイ
「北国抄」 昭48(1973)読売新聞社
「鳥のくる庭」 昭57(1982)講談社
「イースターの卵」 昭61(1986)朝日新聞社
「放れ駒遊び駒」 平3(1991)講談社 <<フミアキ登場!>>
「父の石楠花」 平12(2000)新潮社

2002.10.14 (2003.3.11加筆)